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ドグエン チラン|素材の魅力を余すところなく伝えるために

広島県廿日市市「CHILAN」オーナーシェフ ドグエン チラン

INTERVIEW 2024.03.08

2024年2月8日(木)と9日(土)、東京ミッドタウン日比谷にて、広島の知られざる美味を味わうプレミアムダイニングイベント「HIROSHIMA GASTRONOMY "Horizon"」が開催された。

土耕栽培にこだわる「やまのまんなかだ」のマイクロベビーリーフや、流通量が極端に少なく“幻の和牛”とも称される「比婆牛」など、多彩な食材の宝庫である広島の魅力を、広島で活躍する2人のシェフがガストロノミックなひと皿で表現しゲストを魅了。そのひとりが、世界文化遺産として登録される厳島神社にもほど近い廿日市市の高台に佇む「CHILAN」のシェフ、ドグエン チラン氏である。

ベトナム人の両親のもと、東京に生まれ育った彼女は、「カフェ・トロワグロ」など都内のビストロやフランス料理レストランで研鑽を積み、夫でソムリエの藤井千秋氏の地元でもある広島の地に移住後、2020年に自店をオープン。生産者との出会いや自身のルーツ、そしてこの土地で表現すべきものを追求した彼女が辿り着いたのは、「モダンベトナミーズ」という新境地だった。そんなドグエン チラン氏が発見した広島の魅力とは——。

——「CHILAN」がオープンして4年が経ちました。東京に生まれ育ったチランさんが、広島への移住を決めたきっかけはどのようなものだったのでしょうか?

東京は全国から選りすぐりの食材が集まる場所です。しかし、それは裏を返せば生産者さんとの距離が遠いということでもあります。東京にいたころ、地方の生産者さんを訪ねることができたのは月に1度あるかないか。料理人としてはそれが少々不満でした。もっと自然が身近に感じられて産地との距離が近いところ、そして子どものことを考えるタイミングでもありましたので、子育てがしやすい環境など、さまざまな条件を検討した結果、夫の地元でもある広島への移住を決めました。今では、月に2〜3度ほどいろんな生産者さんに直接お会いすることができています。

——生産者とのコミュニケーションにこだわる理由とは?

まず、食材がどのようなところで育てられているのかを、この目で確認したいから。それに、生産者さんとの繋がりが深くなるほどに、いつも当たり前に仕入れている食材が、どのような哲学と試行錯誤の結果生まれたものなのかなど、そのストーリーを自分に落とし込みたいからです。そんな想いが込められた食材の魅力を、余すところなくお客さまにお伝えすること——それこそが私の仕事だと思っています。東京に生まれ育った私だからこそ価値を見出すことができる、地元の方が気づきにくい魅力がたくさんありますので、今後もそんな広島から発信していきたいですね。


——広島県の名産として知られる牡蠣のほか、マイクロベビーリーフからショウサイフグ、希少な比婆牛、さらにはキャビアやナマズまで、広島の食材の多彩さには驚かされます。ベトナム料理に欠かせないハーブも作られているのでしょうか?

ハーブは100%広島県産です。その他の食材についても、たとえばココナッツやスパイス、ライスペーパーなどを除けば、ほぼ国産です。日本の食材にこだわるのは、四季のないベトナムでは表現できない、季節感あふれるベトナム料理を作りたいから。広島はどの大都市からも距離がある、流通的にも孤立したエリア。しかし、だからこそ実に多くの食材がつくられているのかもしれません。「えっ、こんなものまであるの?!」というのが広島の魅力でもあります。ベトナムにはあるけど広島にはない食材や、逆に広島にしかない食材もあるので、ベトナム料理を構成する要素として、それらをどう生かしていくのかを考えるのも楽しみのひとつです。

——チランさんの素材の魅力にあふれる料理は、生産者の想いに寄り添うことから生まれているんですね。

“寄り添う”だなんて、おこがましいです。そもそも、私たち料理人は、食材がなければ何も生み出すことができません。オーストラリアとニュージランドのワイナリーで研修し、ブドウ栽培を経験しているので、その苦労が並大抵のことではないことも知っているつもりです。生産者さんは尊敬の対象でしかありません。

——「HIROSHIMA GASTRONOMY "Horizon"」にて、ドグエン・チランさんのコースを体験したフードジャーナリストの君島佐和子さんは、その料理について「広島の食材そのものの持ち味がしっかり伝わり、若々しく新鮮な装いにあふれていました」と評していらっしゃいました。素材の魅力を引き出すうえで意識されていることはありますか?

当初の計画では広島の廿日市市でフレンチビストロを始めるつもりでしたが、集客面ではやや不安だったんです。広島の片隅で私がビストロを開いたところで、どれだけの方にお越しいただけるのかと……。そこで、この地で私が提供するべき料理を追求した末に辿り着いたのが、私のルーツであるベトナム料理をフランス料理の技法で仕立てる今のスタイルです。火入れというテクニックはそのひとつ。ベトナムでは殺菌の意味合いで食材にしっかりと火を通すことが重視されますから、何度で何分加熱するといった繊細な火入れの概念はありませんし、マリネのような素材に下味をつけるテクニックも、そこまで重要視されません。そんなベトナム料理にはない技法や旬の食材を駆使して構築したのがモダンベトナミーズというわけです。素材本来のうまさを際立たせる引き算の料理ともいうべき和食を参考にすることもありますし、最近では、中国料理のスパイスの使い方など、周辺諸国の文化を学ぶことで、より深く、多角的にベトナム料理を見つめ直しているところです。

——イベントでは、チランさんの繊細な料理と広島県産ワインとのペアリングもとても好評でした。「CHILAN」ではナチュラルワインを多くそろえているそうですが、どのような基準でワインをセレクトされているのでしょうか?

ソムリエである夫と私はともに大のワイン好き。ナチュラルワインが多いのは、2人が美味しいと思うものをそろえた結果。もちろん、県産のワインもチェックしています。今回セレクトした「ヴィノーブルヴィンヤード」(広島県三次市)さんは、2021年にオープンしたばかりのワイナリーですが、IWSC2022(インターナショナル・ワイン・スピリッツ・コンペティション2022)で「Sauvignon Blanc 2021」がゴールドメダルを獲得するなど、国内外の主要コンクールで高い評価を受けています。ただ、まだまだ広島のお酒といえば日本酒、というのが正直なところ。しかし、数年以内にまた新たなワイナリーができる情報もすでに入っており、まだまだ盛り上がりそうで将来が楽しみです。

——四季を表現するモダンベトナミーズと広島ワインとのペアリングは、今後の展開が楽しみですね。そんな「CHILAN」において、逆に通年で提供されている料理はなんでしょうか?

コースには必ず生春巻きを組み込みます。モダンベトナミーズを謳ってはいますが、ひとつだけフランス料理の要素が入らないベトナム料理をお出ししたかったんです。それは私が子どものころから慣れ親しんだ母の味を忠実に再現したもの。エビ、豚バラ、ブン(細米麺)、モヤシ、大葉、ミントなど具材もほぼ母のレシピどおりです。「あのレストランのあの料理が食べたい」という、お客さまの記憶に残るひと皿になればいいなと思っています。

——それでは最後に、「HIROSHIMA GASTRONOMY "Horizon”」に参加して改めて気づいたこと、想いを新たにしたことがあれば教えてください。

アクセスや物流の面ではハンデがあるように見られる広島は、それゆえに周辺の影響を受けにくい、特有の文化が醸成されやすい環境でもあるということ。第一次産業においてもそうした風土が反映されているのか、広島には今回のイベントで紹介された食材以外にも、ユニークなものがまだまだたくさんあります。毎日が宝探しのような感覚です。ただ、そんな小規模生産者が個々にPRや販売に注力するには限界がありますので、今回のように県がそれを主導する取り組みは素晴らしいと思います。また、そんな社会意義のあるイベントに料理人として携わることができて光栄です。地元の方が気づきにくい価値を客観的な視点で見出し、広く正しく伝えること、そしてそれを継続していくことの大切さを改めて実感することができたイベントでした。今回蒔いた種が花開き、また次の新たな種ができるような循環を作り出させるよう、引き続き生産者の魅力を伝えていきたいと思います。

text by Moji Company / photos by Kenichi Sasaki

プロフィール

ドグエン チラン

「CHILAN」オーナーシェフ
1988年、東京都生まれ。高校在学中に白金台の「ステラート」でアルバイトとして働くうちに、料理人を目指すことに。フランスやオーストラリア含む国内外のレストラン、ビストロ、ワイナリーなどさまざまな業態で経験を積み、腕を磨いたものの、その後、料理人の仕事を離れ会社員を経験。2020年自身がオーナーを務めるモダンベトナミーズとワインのお店「CHILAN」をオープン。自店舗の他、外部のレシピ開発にも携わり、現在に至る。

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