「RED U-35 2024」より審査員を務める「villa aida」オーナーシェフ・小林寛司氏は、日本国内におけるガーデン・ガストロノミーの先駆者として知られ、『ミシュランガイド京都・大阪・和歌山』においてミシュラン二つ星およびグリーンスターを獲得するなど、世界が注目する日本人シェフのひとりである。
1998年に故郷である和歌山に自らのレストランをオープンさせ、以来レストランに隣接する畑で育てた野菜やハーブを中心に、新鮮な素材のポテンシャルを最大限に引き出す料理で、国内外の食通を魅了し続けている。独自の道を切り拓いてきた小林氏の審査ポイントに目を向けてみよう。
Q. 初めて審査員団に加わった「RED U-35 2024」では、どんなところに注目されていましたか?
料理のみならず人間力や発信力の問われる「RED U-35」ではありますが、料理人のコンペティションですから、見た目と味わいなど、料理の完成度に重きを置いて審査に臨みました。レシピを見ればおおよその見当はつくものですが、なかには「これはいったいどんな味わいなのだろう? 食べてみたいな」と思わせてくれるものがあって、そんなユニークなものが印象に残っています。
Q. 「日本から世界へ」をテーマとする「RED U-35 2025」では、従来以上に日本の食文化を掘り下げ、それを自身のビジョンとして世界に広くアピールすることが求められます。本大会において、小林さんが期待することは?
やはり「きちんと美味しくて、力強さのある料理」です。2024年大会ではファイナリスト5人中4人が日本料理をベースにした料理人ではありましたが、そのスタイルは実に多彩で、最終審査では「これは日本料理なのだろうか?」という議論があったほど。このようにジャンルの境界が曖昧になる昨今、本質を捉えた料理であることが重要になります。伝統へのリスペクトにあふれたオーセンティックなものであれ、イノベーティブなスタイルであれ、「なぜこの土地で、このような料理が発達したのか」など、その歴史や文化的な背景を踏まえてさえいれば、自ずと説得力のある力強い料理が生まれるはずです。
Q. 多彩な文化が色濃く残るイタリア各地で研鑽を積まれた小林さんらしい視点です。イタリアから帰国後、現地で体験したものを糧に独自のスタイルを築くべく試行錯誤したはずの20代は、小林さんにとってどのような日々だったのでしょうか?
とくに明確なビジョンがあったわけではありません。自分の信念に従い、ただひたすら手を動かし続けていました。そうすることで拓ける道もあるのです。失敗してもいいんですよ。むしろ、失敗したからこそわかることも少なくありません。たとえば、ある日「干し大根は昔からあるけど、干し蕪がないのはなぜだろう」と思い立ち、試しに作ってみたところ美味しくありませんでした。それ以来、冬場には蕪を酢漬けにして保存するようにしています。このように実際に手を動かし、先人たちの試行錯誤の痕跡を辿りその考え方を体得することで、現代の環境に合わせて新たなチャレンジをすることができるのだと考えます。
Q. ガーデン・ガストロノミーの先駆者とも称される小林さんの独自のスタイルは、そうした試行錯誤の末に築かれたものなのですね。
数え切れないほどの失敗をしましたが、その経験の積み重ねが大きな糧になっています。今の若い人は、あまり失敗しませんよね。彼らが作る料理の見た目はどれも美しいし、しかもちゃんと美味しい。ただ、その一方で飛び抜けた個性を放つ料理が少なくなっている気がします。あらゆる情報が容易に手に入る時代だからこそ、自分を信じ続けることが大切です。もちろん、自分の進むこの道に間違いはないのだろうかと迷いが生じることもあります。そんなときは、私の場合はそれが本質的に理にかなったものであるかを常に確認してきました。
Q. 「RED U-35」に挑戦する若手料理人のなかにも、大小さまざまな悩みを抱えた人もいるはずです。こうしたコンペディションに参加する意義というのは、どういうところにあるのでしょうか?
実は先日、2024年大会のゴールドエッグ5人が、うちで食事会を開いてくれました。いろんなことを語り合ううちに、彼らにも迷いがあり、審査員には間違いを指摘してほしいという想いがあることもわかりました。我々は挑戦者に対してときに難しい質問を投げかけることがあります。それはその人の本質を見るためでもあるのですが、答えに窮した彼らは、一般的な模範解答でその場を取り繕おうとしがちです。そんな回答は、自分の言葉ではないなと見抜かれるだけ。自分自身の答えが見つかっていないのならば、その迷いをありのままに表現してほしいのです。その言葉が本物であれば、審査員にも伝わるはずですから。自分の進むべき道に迷いがある人こそ、ぜひエントリーしてください。「RED U-35」は自分と向き合う絶好の機会になるはずですから。
小林寛司
villa aida オーナーシェフ
1973年和歌山県生まれ。辻調理学校卒業後、大阪のイタリアンレストランを経て21歳で渡伊。イタリア各地の名店で研鑽を積み、カンパーニャ州ソレントの三つ星(当時)「ドン・アルフォンソ1890」でパスタ部門のシェフとして活躍後、1998年に帰国。同年、故郷である和歌山県岩出市に「Ristorante aida」をオープン。2007年には1室のみの宿泊スペースを併設し、「villa aida」として再スタート。「Asia's 50 Best Restaurants 2025」では、35位にランクイン。