元システムエンジニアというユニークな経歴以上に、他の追随を許さない独創的な料理で世界の食通を魅了し続ける「HAJIME」のオーナーシェフ・米田肇氏。自身から湧き出るアーティスティックな感性と美意識を武器に、未知の領域へと突き進む氏が、未来を担う料理人に期待することとは?
Q. 「日本から世界へ」をテーマとする「RED U-35 2025」——ファイナルの舞台は大阪・関西万博会場——は、日本の食文化を世界に広める格好の機会になりそうです。審査員として注目しているところは?
北海道と沖縄を比べるまでもなく、これほどまでに多様な文化を包摂した国は珍しいでしょう。四季の変化に富む自然環境に加え、異国からの文化を巧みに取り入れながら洗練させ、いろんなものをバランスよくまとめてきた結果でもあるはずです。しかし、それだけが我が国のアイデンティティなのでしょうか。たとえば縄文文明のような生命力に満ちた創造性もまた、そのひとつかもしれません。そんな多様な可能性を秘めた日本らしさを再解釈し、今こそ広く世界にアピールすべきでしょう。今回の「RED U-35 2025」がそのきっかけのひとつになることを願っています。
Q. そんな「RED U-35 2025」に挑む料理人には、どんなことを期待していますか?
多様性をはじめ、現在我々の社会を取り巻く問題の解決には長期的な視野が必要です。短期的な利益を追求する人ばかりでは、社会は画一的になる一方で、豊かな自然や文化も消えゆくのみ。また、少子高齢化によって国内市場が縮小し続ける日本においてはなおのこと、これまでのように世界情勢の変化に右往左往するのではなく、自分たちでルールを作り、それを世界に普及させる人が必要とされます。食は社会構造の基盤となるものですから、時間的、空間的にも広い視野と大きなビジョンをもった若き料理人の登場に期待しています。
Q. 26歳で料理人をスタートさせた米田さんは30歳で渡仏されています。そこで得た知見がその後のキャリアの大きな糧になったはずです。より広い視野を獲得するためには、海外に身を置くこともやはり必要なのでしょうか?
うちのサービススタッフのように、昨今の若い世代は国外留学を経験せずとも英語を話せるようになりますし、料理人もまたテクニックを磨くためだけなら必ずしも国外で修業をする必要はありません。ただし、そんな時代であっても、異世界に身を置くことでしか得られないものもあるように思います。世界各地に今なお残る独自の食文化について、なぜこの土地でこのようなスタイルの料理が生まれたのかを知るべく、その風土を肌で感じながら、歴史を遡ることには大きな意味があります。
たとえば、土壌にミネラル成分が残りやすい川がゆったりと流れるフランスなどに比べ、日本のように海と山との距離が近く川の流れが急なエリアでは、ミネラル成分が海に流れ出やすいため近海の海産物の味わいは濃密に、そして野菜などの農産物の味わいは淡白になります。そのため日本料理では昆布などの海産物でとられた出汁で野菜を炊くことで、海に流れ出たうまみを戻している、とも考えられるわけです。
このように自然環境や宗教、流通事情などさまざまな制約によってそれぞれ固有の食文化が形成されるのです。その背景を肌で感じることは、新たな食文化を生み出していく料理人には、とても有意義なはずです。
Q. 博覧強記として知られる米田さんが、幅広い分野に興味を抱くきっかけとは? それをどのようにして独自のクリエーションに結実させているのでしょうか?
一行でも自分の興味のあることが書いてあるのなら、その書籍を購入して手元におくべきだ——高校時代に目にしたこの教えをこれまでずっと実践してきました。その結果、スポーツ、宇宙物理学、数学、化学、政治学、物理学、医学、経済、経営学、芸術、哲学書などなど、その分野は多岐にわたることに。誰かに強要されたわけではなく、ただひたすら心の声に素直に耳を傾けただけ。そうして得られた知識は、レストランの経営、コーチングなど現在のキャリアの礎となり、新たな料理のコンセプトを考える上でインスピレーションの源泉にもなっています。
未来を担う料理人には、「これは料理の役に立つだろう」という近視眼的な考え方ではなく、とにかく興味を抱いた分野についての知識を深めてほしいと思います。「なぜ自分はこの分野に興味があるのだろう?」という言語化できない部分こそ、その人の個性であるかもしれません。興味の赴くままに特定の分野を掘り下げることでのみ見えてくるもの、それはすなわち自分を知ることでもあります。「RED U-35」へのチャレンジは、自分と向き合う絶好の機会になるはずです。
Q.それでは最後に、「RED U-35 2025」のグランプリにふさわしい人物とは?
将来的に業界を牽引していくリーダーの資質があり、なおかつ料理技術がある人に上位になってほしいと考えています。自分の理想だけを追求する料理人がいてもいいでしょう。しかし、それだけでは社会は変わりません。「RED U-35」のグランプリには、大きなビジョンをもち、社会的影響力を発揮できる、ルールメイカーたる食文化人を選びたいと思います。
米田 肇
HAJIME オーナーシェフ
「1972年、大阪府生まれ。大学卒業後、エンジニアを経て料理人に転身。「ガストロノミーを通して、人類の未来に貢献する」というビジョンを掲げ、様々な分野に挑戦をしている。2008年にHAJIMEをオープンし、世界最速でミシュラン三つ星を獲得。The Best Chef AwardsでアジアNo1、GAULT&MILLAUではBest chef of The Yearを受賞、Foodie Top 100 Restaurants、Asia’s 50 Best Restaurants、OAD Top30 Japanese Restaurants、100 chefs au mondeなどにランクインする。辻静雄食文化賞専門技術者賞、KINDAIリーダーアワード文化・芸術部門、農林水産大臣料理マスターズを受賞。JAXAの宇宙と食の未来を考えるSPACE FOODSPHEREのメンバーやSony AIのアドバイザー、食団連理事を務める。