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何よりも料理を楽しむことで勝ち得た称号

杉本 敬三(Restaurant La FinS オーナーシェフ)

INTERVIEW 2013.12.30

RED U-35 2013において初代グランプリ“RED EGG”に輝いたのは、自らを“独学者”と呼ぶフレンチの奇才・杉本敬三シェフ。オーナーシェフとして日々、自分の料理を追求する杉本氏に受賞までの道のり、料理人としての哲学、今後の夢について聞いた。

 

「LaFinS(ラフィネス)」と杉本敬三というシェフ

 

――『RED U-35』グランプリ授賞おめでとうございます。授賞した瞬間はどのようなお気持ちでしたか?

 

自分の名前が読み上げられた瞬間は、まさかと思って本当に驚きました。一旦素に戻ってまた喜んで、近くにいらっしゃった審査員長の辻先生にハグをしたら、一瞬あっけにとられたような表情をされていたのをよく覚えています。
実は料理人のコンテストでは大きな企業・組織の後ろ盾があるシェフが優勝するイメージが強かったこと、実際の最終審査を楽しんでやりきることができた一方で、少しあまい部分があったことをふまえ、準優勝かなと思っていました。

――今回コンテストへの参加を決意された理由は?

 

まず現状からお話したいのですが、『La FinS』というお店は、僕の経歴や実力からメディアや雑誌で取り上げられることは少なくないのですが、ある種の特異性からいいでも悪いでもなく、非常に中途半端な位置づけをされてきました。そこに持ってきて単価は高いので、おそらく関心は集めてもいざ足を運んでもらうきっかけ、「このお店なら」「このシェフがいるなら」というものを生み出すことができず、約90%以上がリピートされるお客さまに支えられているのが現状です。ただその絶対数がものすごい大きな数ではありませんから、オープンから1年以上が経ち、常に絶対数=新規の獲得を意識してきました。そのきっかけを模索していたとき出合ったのが『RED U-35』です。

 

当初は前述にもある理由から大会への参加をためらっていた部分もあったのですが、個人の可能性や人柄が審査の対象となること。また35歳未満という規定を受け、“最後の年”ならばと参加を決意しました。ただ参加するうえで大切にしたことは、「自分の器の大きさ以上のことはやらない」ということでした。いくつか理由はあるのですが、普段とは違う環境で違うことをして作りあげたものを見て、高い期待を持ってお越しいただいたとしても、それでお店でがっかりされては意味がないので、普段の材料で、仮に自分が一人になっても提供できるものというスタンスで臨みました。

料理が好きだから料理人

 

――ここで杉本シェフの料理人の原点を教えてください。

 

料理への関心は知らないうちに持っていて、小学校3年生のときに父親に「料理が好きだ」と言ったら料理人になることを提案され、すぐに砥石と包丁を買ってきてくれました。それが料理人としてのキャリアのスタートです。そこから近くの和食料理屋や菓子屋へ見学に行ったり包丁の使い方を教えてもらったり、あとは父の魚釣りが功を奏して魚をさばく練習をしたりしていました。合わせて何事もとことん突き詰める性格から、若年ながらもプロに負けない技術を身に付けていました。また、料理に関しては師匠を持たず全て独学。「AUTODIDACTE(オートディダクト)=独学者」という風に表現しています。

 

――「AUTODIDACTE(=独学者)」というのは杉本シェフを知るうえで外せないワードですが、簡単にお話ください。

 

美術などで例えると、きれいだと感じた絵を見たときまずはその作品を真似てみて、そこから自分らしさを加えるというのが一般的だと思います。しかし僕の場合はそうではなくて、こういうものが好きだという理由、視点をとことん突き詰めていくタイプ。

料理でいうと、普通なら何かをつくるときレシピを参考に色々と試してみるところを、僕の場合は初めのころから誰かに学ぶのではなく、最終的に自分がどういうものを食べたいかというところを突き詰める。もし小魚の唐揚げであれば、味が染みていて、カリカリでジューシーなものが好きだと考える。小骨があるものならどこまで処理すれば気にならないか。どうすればそこへたどり着けるか。“味付ける”という工程が好きなので、ゴールをイメージして、そこへ到達するための手段を模索する。それが「AUTODIDUCT」なんです。

難しく思えるかもしれませんが、簡単に言うと自分が食べたいもの、作りたいものを作っているだけの、大きな子供みたいなものです(笑)

日本の社会とフランス文化

 

――フランスに12年いらっしゃいましたが、そのころの話をきかせていただけますか?

 

一般的ではないかもしれませんが、修行や勉強のためにフランスへ行ったわけではありません。実際現地ではフランス人に料理を教えることをやっていました。専門学校を卒業した時点ですでに10年以上の料理人としてのキャリアを持っていたので、年功序列の強い日本の社会の中で組織に入り、また駆け出しから働くことは自分にとって良いことと思えなかったことや、Le Mange Toutの谷シェフが「フランスなら年齢・性別・国籍関係なく、やる気と実力のあるものにチャンスが与えられる」と、すすめて下さったことが渡仏の理由です。また、僕自身フランス料理をしたい気持ちもありましたし、フランスで自分の料理と実力を認めてくれる人を探そうという思いもありました。

 

現地で強く感じたことは、開かれたフランス文化の美しさです。これは解放的ということではなく、非常に寛容で、柔軟性に富んだという意味なのですが、実際23歳でスタートしたレストランでは、年齢では15人中下から2番目からのスタートでしたが、1年後にはシェフになりました。そういった下剋上的な事態が起きたとき閉鎖的な文化を持つ集団であれば、嫉妬したり派閥を作ったりとマイナスの要素ばかりが目立ちます。しかしフランスではそういったことはなく、自分の持っていないものを積極的に認め、自分の中に取り入れようとする文化がありました。さらに広く捉えたとき、古き良き部分と日々生まれる新しい部分が非常にきれいに融合し、共存している。これは日本にない文化・習慣で、これからの日本の料理界が成長するために必要とされる部分だと思います。

これからの展望

 

――ご自身の今後、『RED U-35』優勝者としての今後を聞かせてください。

 

『La FinS』はオープンからずっと取材やテレビ、イベントへ対応できるようにと週休2日を続けてきました。今回の優勝をきっかけに、全国各地へ足を運ぶ機会がおのずと増えると思いますから、地方にあるまだ知らないいいもの、新鮮なものを発掘したり、今までにない人脈を構築していく。そうすることで自分の時間がより有意義なものになっていき、料理の発想にもさらなる幅の広がりが生まれてゆくと思っています。

優勝者として、今現在僕に業界を牽引したり変化をもたらすほどの実力や影響力があるかは分かりませんが、自分の力をみたとき、今後は日本の食文化、海外の食文化をより明確に突き詰めていき、書籍や映像などでひとつの形にしたものを業界のために残していきたいと考えています。

 

――形に残すことで、どのような影響を期待されますか。

 

現代、日本料理という文化が世界に広がっている中で、それをベースとした新しいものが多く生み出されています。その中で文化的なものを「古典」と捉え、新しくきたものを「現代」と見たとき、そこに良し悪しは存在しません。途中でも言いましたが、二つの融合、お互いが尊重できる形になることが何より大切なことだと思います。ただそうは言いながらも、守るべき部分と伝えていかなければいけない部分というものは確実に存在しますから、そこに対して突き詰めた形を残していけば、エスコフィエ氏が歴史で証明した通り、広く後世にまで伝えていくことができる。それが僕の役割であり、できることです。

 

――最後に次なる挑戦を目指す若手の方々へメッセージをお願いします。

 

今回優勝できた要因のひとつに、大会を楽しめたことがあると思います。ですから、自分が成長するうえで、日々料理を楽しんでいる人にはどんどん表に出ていってほしい。特にこの大会は、「料理を作ること」をサラリーマン的に仕事としてではなく、料理が好きで面白くて、何より楽しむことができる人にチャンスを与えてくれると思います。また、私自身感じたことですが、周囲に認められることで日頃感じる不安を取り除き、自分の進んだ道が正しかったんだと改めて感じることができました。これも、この大会の大きな意義であり魅力だと思います。
頑張っている方はたくさんいますから、ここで頑張ってというような応援メッセージは使いません。「料理を楽しむ」。これが優勝した僕からのメッセージです。

最終審査での調理作品
R.E.D. Tokyo 2013 "Ris pilaf, Egg and chicken, Don(丼), Tokyo(東京シャモ)"

 

本人による解説
「世界に向けた料理として、名前に日本語、英語、フランスを使いました。Risはフランス語でお米。Eggは英語で卵。そして丼は日本の親子丼。もし親子丼をフランス料理として再構築した場合、どのような形に進化するか。うまみの追及、香りのマリアージュ、ビジュアルのインパクト。日本の親子丼がフランス料理という形で世界に羽ばたきます。」

プロフィール

杉本 敬三

1979年4月19日生、京都府福知山市出身。
「Restaurant La FinS(レストラン ラ・フィネス)」(東京都港区新橋)オーナーシェフ。 物心ついた頃から料理一筋。8歳で初めて厨房に立った少年は、15歳でレストランを貸し切り料理フェアを開催。フランスで12年の修行生活を経て、東京・新橋に自身の店「レストラン ラ・フィネス」をオープンさせた異色の経歴の持ち主。 小学時代からの夢は「料理人として歴史の教科書に出る」。
Restaurant La FinS(レストラン ラ・フィネス)
〒105 - 0004 東京都港区新橋4-9-1 新橋プラザビルB1/TEL:03-6721-5484/Dinner :18時~24時(L.O.21時) Lunch :土曜のみ 12時~16時(L.O.13時半)/定休日:日曜・月曜/※電話、webにて予約可能。 最大10名様まで。

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