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“食”で世の中を変える力強いパートナーを求む

村田吉弘 (「菊乃井」主人)

INTERVIEW 2015.05.19

“食”の力で日本を変える――。「RED U-35 2015」で審査員長を務める「菊乃井」の村田吉弘氏が求めるのは、料理界のみならず、この国の未来を託せる“若き才能”だ。

 

——いよいよ2015年大会が幕を開けます。まずは過去2大会を振り返っていただいて、改めて感じた「RED U-35」の意義を教えてください。

 

日本は諸外国に比べて料理コンペティションの数が少なすぎます。つまり若い料理人に与えられるチャンスがあまりにも少ないということ。彼らには自らの力で夢を勝ち取っていってもらいたいし、我々も「そんなやつがいたのか!」という埋もれた才能を発掘したい。新たな才能の存在が刺激となり、日本の料理界全体のレベルアップにつながるはずです。RED U-35は料理技術に優れた人ではなく、将来の料理界をリードするスターの“卵”を発掘するためのもの。そこが従来のコンペティションとは、根本的に性格を異(こと)にするところ。もしかすると本人や周囲も気がついていない才能が見出されるかもしれない。そんなところも魅力のひとつでしょう。

 

——スターの“卵”はどうやって見分けるのでしょうか?

 

第1回大会の杉本君と、第2回大会の吉武君は、それぞれこの大会を機に殻をやぶり、さらなる飛躍(ひやく)を遂げました。それは、彼らがちょうど一皮むけるタイミングであったこと、この大会がその殻をやぶるきっかけとなったこと。我々の仕事は、今まさに孵(かえ)りたがっている卵を見つけ、殻をつついてあげること。そんな“卵”を選ぶ我々も真剣ですよ。日本の料理界をともに盛り上げていく、いわば力強いパートナーを探しているわけですから。

 

——今回新たな審査員が加わりました。審査員長としてどんなところに着目しましたか?

 

料理とは、金太郎あめのように、どこを切っても作り手の人柄が現われるもの。優れた写真家や小説家の作品もそうですよね。「訥弁(とつべん)は雄弁にまさる」という言葉があるように、文章の言い回しが適切かどうか、ではなく、全体の構成の完成度、それが物語として面白いかどうかを評価しているわけです。「ソースは煮詰めすぎじゃないか、火の通し加減が足りないんじゃないか」という重箱の隅(すみ)をつつくようなことはしません。我々が見るのは、料理を含めたその人となりです。渾身(こんしん)の一皿にどんな想いを込めたのか、何を伝えたいのか。そこから立ち上がる人間像を我々は評価します。そこが、このコンペティションの面白いところではないでしょうか。

 

——未来の“卵”たちに伝えたいことは?(応募テーマ「日本米のイノベーション」に込めた想いとは…)

 

今後日本の人口はさらに縮小します。50年後には約8000万人になり、それにともなう経済規模の縮小が予測されています。また、現在39%(出展:平成25年度食料自給率について 農林水産省)の食料自給率も、このままでは低下する一方です。お金がなければ食料の輸入もままならず、日本の子どもたちが飢えてしまう可能性もある。この国が鎖国していた時代は、もちろん輸入品に頼らずとも生活はなり立っていたはずです。そうした環境を取り戻すべく、休耕田(きゅうこうでん)を減らし、食料自給率を上げなければなりません。そのためには、世界に対して素材の魅力をアピールする若いエネルギーと画期的(かっきてき)なアイディアが必要なのです。50年先の日本の食については、第一次産業に携わる人と我々料理人が考えるしかない。“食”には世の中を変える力があるんです。料理界のみならず、日本の未来をともに盛り上げる志ある料理人の挑戦を待っています。

プロフィール

村田吉弘 (「菊乃井」主人)

1951年、京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」の長男として生まれる。立命館大学在学中、フランス料理修行のため渡仏。大学卒業後、名古屋の料亭「加茂免」で修行を積む。1976年実家に戻り、「菊乃井木屋町店」を開店。1993年株式会社菊の井代表取締役に就任。多くの調理師養成施設で講師を務めるとともに、料理番組、雑誌へも多数出演。2004年日本料理アカデミー発足。国内外へ京料理を伝える活動を精力的に行なっている。

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