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PRESS−食のヒント−

2018.05.08

チャレンジで花開く料理人の真価と可能性

INTERVIEW


特別対談|鎧塚 俊彦×赤井 顕治×音羽 創

新世代の若き才能を発掘する日本最大級料理人コンペティションRED U-35。RED U-35で問われる感性や新しい 価値観、挑戦する意義について、審査員の鎧塚俊彦氏とグランプリ・準グランプリ獲得者のお二人に話をうかがった。

 

- RED U-35 の特徴を教えてください。

 

鎧塚 RED U-35は、新時代の若き才能を発掘することを目的としたコンペテ ィションです。通常の料理コンクールでは、その評価基準が料理技術と表現力に特化されがちですが、RED U-35では料理だけでなく、料理への情熱や人としての魅力も評価において大きなウェイトを占めます。そのため審査過程において選手たちの「素」の力をどうしたら引き出せるか考えながら、「次の時代が求める料理人とは何か」という大テーマについても審査員同士が何回も話し合います。そこが他の料理コンクールとの大きな違いです。

 

 

- U-35という年齢の意味は?

 

鎧塚 35歳はちょうど料理経験十数年ほどで、脂の乗り始めたころ。 ~代でも伸びるのが料理人人生ですが、 歳はまさに「伸び盛り」の時期です。与えられた課題に対して考える時間のあるコンクールと違い、RED U-35の2017 年の最終審査では課題に対して一晩で料理を考えなければなりませんでした。まだまだ可能性を秘めた若い料理人だからこそ、そのような過酷な状況で試される「素」の自分で勝負して欲しいと考えています。

 

- 大会応募の経緯を教えてください。

 

赤井 これまで2回挑戦していて、年齢的に今回が最後の挑戦でした。僕の場合、高校を出てすぐに料理の仕事に就いたのですが、途中、フランスへの渡航費用を貯めるために、魚市場でのアルバイトや飲食業界以外の仕事もしたので、料理人歴は実質10年ほど。フランス料理を始めたのも遅かったので、最初にRED U-35に落ちた時から「次のチャレンジで、自分がどれだけ成長出来たかを見極めたい」との思いが強く、勝ち負けはあまり意識しませんでした。RED U-35は毎年、審査内容が変わる上、課題に対しての準備期間が短い。その分、毎日の食に対する考え方、人としての生き方が問われます。 難しいからこそ参加する意味があると思いました。

 

 

音羽 料理人歴は今年で17年目です。僕にとっては、自分自身が今後どういう風に成長できるか、またシェフとしてチー ムをどう作り上げていけるか、節目とな る時期での挑戦でした。コンクール経験がない上、個人店なのでコンクールに向けた準備はできないと思っていたのですが、RED U-35は人間性やホスピタリティが問われると聞き、ガストロノミーに限らず、さまざまな業態の店やサービスにも関わって自分が学んだことをぶつけられると思いました。

 

- 実際にコンペティションに参加しての感想は?

 

赤井 フランス・ヴァランスで働きながらの挑戦でしたので、スケジュール的にも能力的にも結構きつかったですね。でもそういう苦しさや不自由さを乗り超えたときに大きな成長があると思うんです。同世代の志の高い料理人との出会いや、雲の上の存在のような審査員の方々に自分の料理を食べてもらえる機会を得たことは大きな収穫でした。

 

 

音羽 三次審査を通過後に最終審査の課題を与えられて翌朝決勝という、試作する時間もないタイトな方法には驚きました。自分の「引き出し」が十分でないととても大変で、それだけに本当の力が試されると思いました。また意外だったのは、自分が大会に出場するのを見て店のモチベーションが上がったこと。2名のスタッフが、今年挑戦したいと熱望しています。僕の場合、地元宇都宮に父の代からの店があり、それを継ぐ兄もいる環境にありながら、今、東京でシェフを任されている店はまた違うカテゴリーを持 っています。どんな店にいても自分にしか表現できない料理を生み出すことで、より魅力的な店にしたいと一層、思うようになりました。

 

 

鎧塚 大会出場はハードルが高そうに思えるけれど、失敗を恐れていても始まらない。実力があっても惨敗する人もいれば、勝っても潰れてしまう人もいます。「どうせ落ちるに決まっている」「まだまだ未熟だから」ではなく、どんどん挑戦して欲しいですね。失うものは何も無いのだから。アクションを起こすこと自体に意味があるんです。

 

音羽 日々、挑戦することはいろいろありますが、僕も大会に出場したことで審査員の方とお話ができ、また同世代の料理人とのつながりもできた。やらなかっ たことを後悔するよりは挑戦した方が良いと、スタッフには言っています。

 

 

赤井 僕のように地方にいると普段はなかなか会えない人たちと交流でき、大きな刺激になりました。実際グランプリを 取ったことと自分の料理技術が向上することとは別物なので、地元に帰ってからは日々、自分の力の足りなさばかりに目が行きます。もっと変化しなければ、成 長しなければいけないと、今まで以上に思うようになりました。

 

鎧塚 赤井さんはたしか一次審査通過者に入らなかったのを、審査員が再度、話し合う中で定員を増やして通過者となり、その後は上位で勝ち進んでいきました。 じつはRED U-35には明確な審査方法がなくて、審査員それぞれが「次の料理界を担う人間像」を探しながら、ディスカッションを重ねていきます。多弁で自己アピールが上手い人、逆に寡黙ながら圧倒的な技術力で勝負する人、どちらが 良いのかは審査員にも分からない。強いて言えば、人の心を強烈に動かす何かを持っているかどうかが審査されます。たとえば600字詰め方眼紙1枚で自分を表現してもらう書類審査があるとす れば、方眼紙をびっしり文字で埋めても良いし写真を張り付けても良い。表現したいものは誰もが持っているはずだから、どんな方法であっても、その熱いパッションをぶつけて欲しいですね。もちろん、その後の審査過程では料理人としての技量もしっかり見ていきますが、他にはない個性や将来性を感じさせるよう な人となりを知ることは、審査する方も楽しみなのです。

 

(元記事:柴田書店「月刊専門料理」5月号)

プロフィール

特別対談|鎧塚 俊彦×赤井 顕治×音羽 創

鎧塚 俊彦:1965年京都府生まれ。95年渡欧後ドイツ語圏他パリ「ストレー」、ベルギー「ブリュノウ」勤務。帰国後「Toshi Yoroizuka」をオープン。RED U-35 2017・2018審査員。
赤井 顕治:料理人1983年広島県生まれ。2012~ 2017年の間に断続的に計3回渡仏 。パリ「ル・ルレルイ・トレーズ」、ヴァランス「メゾンピック」での勤務を経て帰国。2017年秋より現職。
音羽 創:1983年栃木県生まれ。国内での修業を経てアヌシー「Le Belvédère」にて修業。帰国後、宇都宮「オトワキッチン」料理長「シテ・オーベルジュ」責任者を務め、2016年より現職。

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