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佐々木浩|各国料理から学び、それを自分の専門に落とし込むセンスをみたい

佐々木浩(祇園さゝ木 主人)2022審査員Interview

INTERVIEW 2022.06.10

長きにわたり、洗練された高い技術で日本料理界を牽引するだけでなく、優れた人材を育成してきた点においても、飲食業界の発展に大きく貢献してきた「祇園さゝ木」の佐々木浩氏が審査員に就任した。日々、調理場で弟子たちと対話するなかで、時代の変化を感じているという佐々木氏は、どんなポイントに注目して審査に臨むのか。氏が想い描く未来の料理人像に迫った。

——過去、「祇園さゝ木」からは何名かの選手が「RED U-35」に挑戦されています。佐々木さんはその様子をどうご覧になっていましたか?

うちの若い子から「RED U-35」に出場したいという申し出があれば、快く送り出してきました。コンペティションとなれば、課題のみならず、自らとどう向き合うか、必然的に自分の頭で考えなければなりません。負けたくないという気持ちも芽生えるでしょう。提出書類ひとつとっても、字を丁寧に書くという心がけに気づくこともできるはず。ですから、若い子たちにとっては何か得るものがある大会だと思っていました。出された課題に対しては、ひらめきを大切に、自分のありのままを表現しなさいとだけ、伝えた記憶があります。

——審査員として参加する「RED U-35」では、どんな料理人の登場に期待していますか?

これからの時代においては、ジャンルに固執せずに、料理を組み立てることができる人材が求められると思っています。さまざまな分野で技術を習得して、それを日本料理やフランス料理など、自らが専門とするスタイルに、きちんと落とし込んで表現できる若手に出てきてほしいですね。これは、うちの若手を見ていて感じていることでもあります。

※佐々木氏が最近記憶に残った写真/宮崎のマンゴーハウス訪問時

——日本料理人においてもそうした変化を感じていらっしゃるということでしょうか?

そのとおりです。ある程度キャリアを積んだ日本料理の若手は、我々の世代とはまったく異なる方法で学んでいます。たとえば、今の世代はSNSなどインターネットを介して火の入れ方を勉強しますし、イベント等で知り合ったフランス料理や中国料理など、他ジャンルの料理人に教えてもらった調理法を試すことも。そもそも、かつての日本料理店で肉やフカヒレを出すことはありませんでしたから。

近ごろでは、うちの若い子から「あそこの店はこんな火入れをしているみたいですけど、おやっさん、一度やってみませんか」と提案があることも。当時ではあり得ないことですよね。日本料理店においても、親方がすべてを決めるのではなく、親方と弟子が互いにコミュニケーションを図りながら献立を考える時代に変わりつつあります。かつてのように頭ごなしにではなく、その理由を含めてきちんと説明できる親方にならなければならないと思っています。

——「RED U-35」ではまだ、日本料理からひとりもグランプリが出ていません。

技や味付けの引き算によって素材を生かすのが日本料理の基本です。うちの若手の挑戦を見るかぎり、コンペティションの華やかな舞台では、日本料理の引き算が、料理のインパクトという点で、弱みになってしまうのかもしれないと感じます。先程の話と重複しますが、西洋料理や中国料理は、火入れの仕方、油の使い方、香りの使い方、それぞれに多彩な技法があり、足し算も自在です。ならば、そうした技を取り入れて一度咀嚼して、それを日本料理として表現することができれば、光明が見えてくるかもしれません。いずれにしても日本料理人の活躍に大いに期待しています。

※佐々木氏が最近記憶に残った写真/滋賀県日野町の伝統野菜、日野菜の収穫

*text by Moji Company

プロフィール

佐々木 浩

祇園さゝ木 主人
1961年奈良県生まれ。高校卒業後料理界に入る。滋賀や京都の料理屋で修業をし、27歳で京都先斗町「ふじ田」の料理長兼店長を務める。35歳で独立し、祇園町北側に「祇園さゝ木」を開店。2006年に現在の八坂通に移転。2017年9月、祇園さゝ木開店より20年を迎える。

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