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穴沢涼太|郷土の自然と伝統をインスピレーションの源泉に

穴沢涼太(里山十帖)2023 Finalist インタビュー

INTERVIEW 2024.05.26

「日々野山に分け入り、自分の手で、目で、舌で確認した食材で料理すること。料理人としてこれ以上の贅沢はないかもしれません」--そう語る穴沢涼太氏は、地元新潟の南魚沼市にある築150年の古民家ホテル「里山十帖」を舞台に理想を追求する料理人だ。そんな氏がラストチャンスとして挑んだ「RED U-35 2023」にかけた想いを聞いた。

雪深い里山の冬は長く険しい。その土地に根ざした発酵食品などの保存食は、冬を生き延びるための知恵。そんな厳しくも自然豊かな環境で、穴沢涼太氏が追い求めるのは“生命力あふれる料理”である。

「大寒の時期に味噌や野沢菜漬けを仕込み、秋に採れた野菜はひと冬を越えられるよう雪室にすべて仕舞い込まれます。まれに食材が足りないこともありますが、そんなときは料理長の機転とチームワークで乗り切ります」

自身が料理人として活躍する「里山十帖」の厨房の日常を、そう目を輝かせて説明する穴沢氏のこれまでの道のりは平坦なものではなかった。

新潟県魚沼市に生まれ育った穴沢氏は、東京の製菓学校を卒業後、パティシエとして料理人人生をスタートさせた。しかし「スイーツよりも賄いを褒められることが多かった」という氏はその後、カジュアルなイタリア料理レストランやビストロなどで研鑽を積み、さらなるステップアップのため東京・銀座の「FARO」へ。ガストロノミーの世界に足を踏み入れたのは29歳のときだった。同店で約4年腕を磨いた氏は、地元に戻り独立開業を決意するも、居酒屋を経営する両親らの反対もあり、その歩みを一度止めざるを得なかった。

「両親は誰よりも飲食の苦労を知っていますから。開業にはリスクがつきものですが、家族のためにも失敗は許されない状況ではありました。思い悩んだ末、独立を諦めることを話したときの妻とその両親の安心した顔が忘れられません」

「里山十帖」が料理人を募集していることを耳にしたのは、そんな人生の岐路に立ったタイミングだった。もともと雑誌『自遊人』を熟読していたという氏にとっては運命を感じさせる話だったにちがいない。「ここがダメなら料理人を辞める覚悟でした」と穴沢氏は振り返る。

そこで出会ったのが、穴沢氏が師と仰ぐ料理長の桑木野恵子氏だ。桑木野氏は、「ゴ・エ・ミヨ ジャポン2022」においてテロワール賞を、「THE BEST VEGETABLES RESTAURANTS 2023」では「Best Lady Vegetable Chefs 2023」を受賞するなど、さらなる注目を集める存在となっていた。

「桑木野さんが海外出張などで不在の際、常連のお客さまには『今日は、桑木野さんいないんだね』と指摘されたこともありました。たしかに、火入れのタイミングや塩加減など同じように仕上げたつもりでも、味わいがちがうんです。そんな僕に『先々を考えたら、もっと穴沢くんらしさを出してもいい』とアドバイスをくださった桑木野さんの期待に応え、『里山十帖』のもう一つの顔になるためにも、これからの自分はどうあるべきなのか……。『RED U-35』へのエントリーは、自分の殻を破るきっかけをつかむためでもありました」

結果的には惜しくもグランプリを逃したものの、「RED U-35 2023」に向き合った時間は、仲間の大切さや今後の課題に気づけたことなど収穫の日々でもあった。

「決まったレシピのない厨房では、その日仕入れた食材をもとに、即興で仕上げなければなりません。桑木野さんはそんな状況にあって、日々新しいものを生み出し続けます。僕なんか『RED U-35』の課題を考えるだけでも連日頭を抱えていたのに……。ただ、最後の挑戦を終えた今、彼女に見えていた世界が僕にも少しだけ見えたような気がします」

改めてその凄さを思い知ったという穴沢氏は決勝翌日、桑木野氏にこんな言葉をかけられたという。「あの舞台を経験した穴沢くんは、こちらの世界を知ってくれたはず。産みの苦しみと喜びを共有できる仲間が増えたことは、とても頼もしい」と。

そんな穴沢氏が今の自分を表現する料理としてつくってくれたのは、塩漬けにされた山桜が春らしさを演出する甘鯛のひと皿。もちろん、この日の朝に考えたメニューだ。

「今はまだこれが自分の料理だと胸を張って言えるものはありません。ただ確かなのは、郷土の自然と伝統から得られるインスピレーションをもとに、その日にある食材を生かした料理をつくること。そしてこれからも自然の生命力が感じられるものをつくり続けていくことです」

「後悔はない」と言い切るほど全力で取り組んだ「RED U-35 2023」を経て、「目の前に新たな世界がひらけた感覚がある」と語る穴沢氏が踏み出した大きな一歩に注目したい。


【料理】 甘鯛の出汁と採れたての浅葱のスープに浮かぶのは、油をかけてウロコを立たせ、炭火で火を入れた甘鯛。塩漬けにした山桜の花びらが春を演出する。その日、その時に手に入れたもの、今しかない食材をもとに、里山の香りが際立つ料理を生み出す穴沢氏らしい「山海の春」と題されたひと皿。

text by Moji Company / photos by Kenichi Sasaki

プロフィール

穴沢涼太

里山十帖 料理人
1988年、新潟県生まれ。製菓学校を卒業後、「パティスリー・ドゥ・シェフ・フジウ」(東京・日野市)でパティシエとして5年間修行。イタリアンレストランやビストロで経験を積み、「FARO」(東京・銀座)へ。2022年より現職。

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