「本当に難しいテーマでした」--中川寛大氏は自身4度目の挑戦にして決勝の舞台に辿り着いた「RED U-35 2024」をそう振り返った。大会終了後も、「自分らしさ」について考えを巡らせているという。
最初のエントリーは、「祇園 さゝ木」で修行を始めて1年目のころ。18歳だったものの調理科のある高校3年間でそれなりの技術を身につけた自負のあった中川氏にとって、それはプロとのレベルの差を改めて思い知った体験でもあった。初挑戦に続き20代前半に2度チャレンジし、ブロンズエッグを1度獲得するも、その後は店の2番手となり多忙を極めたため、しばらくコンペティションからは遠ざかっていた。4度目のエントリーは、「祇園 さゝ木」からイタリア料理「cenci」に移り、新たな環境にも慣れ、自身の料理に手応えを感じつつあったタイミングでのことだった。
そもそもなぜ、日本料理一筋の道を歩み、このままキャリアを進めていく選択肢もあったはずの中川氏は、あえて異なるジャンルに足を踏み入れたのだろうか。氏はその理由をこう語る。
「さまざまな環境が加速度的に変化していくなか、より時代にふさわしい自分らしい料理を追求したいと思いました。シェフの坂本健氏は、休みの日に研修に入らせてもらうなど、自分が駆け出しのころからお世話になってきた方。また、米麹など発酵調味料の生かし方など、イタリア料理でありながら、日本料理をはじめさまざまなジャンルのエッセンスを融合させるスタイルにも強く惹かれていました。学ぶべきことは多いはずだと」
日本料理の名店で長年腕を磨き、しかも2番手のポジションにあった己の腕に覚えのあったはずの中川氏だったが、いざ「cenci」の一員として料理を任せられると、その自信は即座に打ち砕かれた。
「まず扱う素材、扱い方がまったく異なります。たとえば、ここでは野菜を茹でず、蒸すだけ。当然、茹でるよりも素材の味わいが凝縮されますので、そうなると組み合わせる魚などの食材にも工夫が必要になります。自分がこれまでやってきた日本料理にはない素材の組み合わせ方に、当初は戸惑いました」
食材をひとつずつ箸でつまむ日本料理とは異なり、メインの食材にソースや付け合わせなどさまざまな要素を一度に口に運ぶ西洋料理では、口内調味を含むひと皿のハーモニーを考える必要がある。中川氏はそのロジックを体得するため、文献を紐解き、先輩料理人の助けを借りながら、ひたすらインプットを続けてきた。
考案したメニューにもなかなかOKがもらえない--そんな苦悩の日々は、料理人1年目の自分を思い起こさせ、「自分には料理のセンスがないのかも、と自信を失いかけたこともあった」と語る中川氏はそんな時期を乗り越え、「RED U-35」の挑戦を経た今、確かな手応えを感じつつある。
ほうれん草の胡麻和えをモチーフに、より自由な表現を求める中川氏らしさが込められた写真の料理は、その成果のひとつ。日本料理のテクニックを随所に忍ばせながら、日本料理にはないインパクトと余韻の深い重層的な香りを効かせたひと皿は、「cenci」の前菜のひとつとしてテーブルに並ぶ。
「RED U-35 2024」では、そんな自分らしい日本料理とともに、もうひとつアピールしたかったことがあった。それは、自身も参加するChefs for the Blue(豊かな海と日本の魚食文化を未来に繋ぐことを目標に掲げ、自治体・企業とのコラボレーションプロジェクト、イベントなどさまざまな活動を行う東京・京都のトップシェフとジャーナリストによるチーム)の取り組みをはじめ、危機的状況にある日本の水産資源の状況についてである。
「僕が『祇園 さゝ木』に入ったころは当たり前のようにあった大きなアワビが、いつの間にか思うように入手できなくなるなど、その深刻度を目の当たりにしました。しかし、日本の海が将来どうなってしまうのか、料理人にできることはないのだろうかなど、そうした問題の正しい知識を得ようにも、当時はその術も機会もなく途方に暮れるばかり。だからこそ、Chefs for the Blueのようなグループの存在を、とくに日本料理の料理人にも知ってほしくて。自分にはその橋渡しをする役割があると考えたんです」
ただ、その点をアピールすることに固執しすぎていたことは反省しているとも語るが、氏の真摯な想いは多くの人に届いたはずだ。
「狭義の“日本料理”ではないかもしれませんが、めざすのはあくまで “和食”」と語るとおり、中川氏は日本料理を離れたわけではない。これまで学んだことを軸に、独自の発想を柔軟に取り入れ、口に運べば「和」を感じさせる料理を追求する。「35歳くらいにはオープンさせたい」と目論む中川氏のレストランでは、そんな懐かしくも新しいひと皿が味わえるはずだ。
【料理】 中川氏の今と未来を表現するひと皿は、ほうれん草の胡麻和えをモチーフにしたもの。セリや京都・大原のちぢみほうれん草、シイタケ、キンカンのピクルスの味わいと、炭火で焼かれた香ばしいエビと愛媛県産の黒胡麻の濃厚な香り、そして2年ほど熟成させた自家製のエビ醤油と米麹を合わせたソースの深いコクが、美味なるハーモニーを奏でる。
text by Moji Company / photos by Makoto Ito
中川寛大
「cenci」料理人
1994年、三重県生まれ。三重県立相可高等学校「食物調理科」の調理部に所属し、国内外でのコンクールにて数多くの賞を受賞。高校卒業後は「祇園 さゝ木」(京都)に約10年間勤務し、2番手として活躍。現在は、イタリアンレストラン「cenci」(京都)にて、新たな日本の料理を探求している。