「RED U-35 2024」の決勝の舞台に立った5人中4人が日本料理の料理人だった。なかでも異彩を放っていたのが、準グランプリを獲得した中村侑矢氏である。
地元福岡の旅館から料理人のキャリアをスタートさせた氏は、京料理の名店「たん熊北店 本店」へ。日本料理の道を選んだ理由を尋ねると、「いろんな意味で最も厳しそうなジャンルだったから」という意外な答えが返ってきた。
「学生時代は、遊びに夢中になるあまり周囲に迷惑をかけることもありました。そんな自分への戒めとして、当時の自分が考え得る限り最も過酷な道を選びました」
今の時代には珍しいストイックな姿勢もさることながら、氏が辿ったその後の道のりも実に興味深い。「たん熊北店 本店」の後、東京・銀座のモダンスパニッシュ「スリオラ」や、東京・西麻布の日本料理「山﨑」、太田哲雄氏のイタリア料理「ラ・カーサ・ディ・テツオ オオタ」などで研鑽を積み海外へ。「フランツェン」(スウェーデン)や、「ヒシャ・フランコ」(スロベニア)、「セントラル」(ペルー)など、世界のファインダイニングシーンを牽引するレストランで研鑽を積んだ。そこには「居酒屋から世界一のファインダイニングまで、とにかくいろんなスタイルのレストランを見ておきたい」という狙いもあった。
そんな氏が自身の料理と向き合ったのは、「RED U-35 2022」へのチャレンジがきっかけだった。
「国もジャンルも超え、さまざまな経験をしてきた自分は、いったいどんな料理をつくるのだろう……。エントリーしたのは、そんなシンプルな興味から。結果はブロンズエッグ。そこではっきりしたのは、自分の料理がこれまで学んできたことの掛け合わせでしかなく、それ以上でも以下でもないということでした」
ゴールドエッグを目指し海外からチャレンジしシルバーエッグを獲得した2023年大会に続き、2024年大会にエントリーしたのは、「INA Restaurant」開業に向け奈良県宇陀の地に居を構え、自身の料理スタイルが明確になりつつあったタイミングだった。
「グランプリまであと一歩手が届かなかった悔しさもありますが、“自分らしさ”をことさら意識することなく、自然に自分の世界観を料理として表現できたという手応えを感じてもいましたので、そこを評価いただけたのは嬉しかったです」
氏がファイナルの舞台で披露したのは、大和肉鶏や大和当帰、大和芋、宇陀金ごぼうなど奈良らしい素材の魅力を活かした「大和蒸し」である。数々のレストランで得た経験や、日本で生まれ育った者がもつ感性を生かしたマルチカルチュラルな料理は、審査員に鮮烈な印象を残した。
「INA Restaurant」をオープンさせたばかりの中村氏は現在29歳。これから先10年の展望を力強く語る。
「たとえ評価されずとも自らをカテゴライズせず、また流行に左右されることなく、とにかくアウトプットを続ける時期だと捉えています。料理人のあるべき姿に立ち返り、自然から料理を考えていくつもりです」
このエリアの郷土料理である「めはり寿司」をモチーフに作られた写真のひと皿は、ローカルな食文化を生命力あふれる地産の食材で表現する「ヒシャ・フランコ」のアナ・ロス氏や、「セントラル」のヴィルヒリオ・マルティネス氏らのスタイルに触発されたであろう、既存のジャンルには収まらない自由な発想を糧に、宇陀の地で出会った食材の生命力みなぎる味わいとその生産者に出会った中村氏の感動の記憶を表現したもの。力強くも洗練された味わいのひと皿に、この地に根を下ろし、自身の信じる道を進むのみと見定めた者の覚悟を見ることもできるだろう。
「自分が作りたい料理のために食材を探すのではなく、身近なところにあるものから料理を発想することが、料理人のあるべき姿。近隣の畑で収穫されたものなら新鮮ですし、フードマイレージを最小限に抑えることもできるはず。結果的に生産者が潤い、地域の活性化につながればいい。そうした循環の輪が自然に広がっていくのが理想です」
諸国を巡った末に辿り着いた自然豊かな里山の暮らし、そしてその風景をひと皿に表現する中村氏の名はいずれ、世界のファインダイニングシーンの注目するところとなるはずだ。
【料理】 奈良や和歌山、三重の一部におけるポピュラーな郷土料理である「めはり寿司」をモチーフに、ビーツや人参、刻んだ高菜の軸、削りたての鰹節などを塩漬けにした高菜で包み聖護院大根を添えたひと皿。薪焼きで4時間ほどをかけじっくりと火を入れたジューシィな聖護院大根に、力強い味わいの飛魚と昆布のだしを合わせ、さらに生ハムの熟成されたうまみを加えている。
text by Moji Company / photos by Makoto Ito
中村侑矢
「INA restaurant」オーナーシェフ
1995年、福岡県生まれ。調理師専門学校を卒業後、日本料理「たん熊北店 本店」(京都)や、スペイン料理「スリオラ」(東京・銀座)、日本料理「山﨑」(東京・西麻布)など、さまざまなジャンルのレストランで研鑽を積み海外へ。「フランツェン」(スウェーデン)、「セントラル」(ペルー)などを経て帰国。2024年より現職。
「RED U-35 2024」において準グランプリ受賞。