
「今ようやく、料理人としてのスタートラインに立てたような気がしています」
「RED U-35 2025」ファイナリスト5名中最年少ながら、堂々たる立ち居振る舞いを見せた佐藤歩氏が口にしたのは、その達成感ではなく、結果を真摯に受け止めた者らしい静かな決意の言葉だった。
佐藤氏の料理人としての歩みは、2019年に京都の名門「菊乃井 本店」の門を叩いたことからはじまる。ミシュラン3つ星を守り続け、日本料理界を牽引し続ける村田吉弘氏のもとで、「なぜこの店がトップランナーであり続けられるのか」という答えを探す日々。現在は2024年にオープンした「菊乃井 鮨⻘ 肉雲収」のカウンターに立ち、客人と向き合いながら、理想の「もてなし」を追求している。
そんな氏が「RED U-35」の挑戦を意識したのは、同門の先輩である成田陽平氏が「RED U-35 2019」にて準グランプリを獲得したことがきっかけだった。だが、当時の氏は「自分にはまだ早い」と、しばらくはその想いに蓋をしていたという。
転機が訪れたのは2023年。同期の料理人が同大会に応募したことを知り、佐藤氏はかすかな焦りを感じたという。「自分にはまだ早い」という言葉が、挑戦から逃げるための言い訳に聞こえはじめたのだ。

そんな折、2025年大会のテーマとして発表されたサステナブルな食材を考える「EARTH FOODS 25」のリストにおいて、氏の目にとまったのは「干瓢(かんぴょう)」の文字。その瞬間、幼いころの記憶と結びつき、自ずとつくりたい料理のイメージが湧いてきたのだという。
氏の祖母が暮らす栃木県南部エリアは、国内生産量の9割以上を占める干瓢の一大産地である。夏の早朝、収穫されたばかりの夕顔の皮を剥き、忙しく手を動かす人びと — 祖母に連れられ目にしたその風景は、佐藤氏の心に深く刻まれていた。しかし、後継者不足や食生活スタイルの変化などによる生産者の減少とともに、懐かしのその風景もまた確実に姿を消しつつあるという。
「この風景を次の世代に残したい」— その切実な想いが、氏をオリジナルの料理づくりへと突き動かした。佐藤氏が同大会の一次審査で披露したのは、干瓢を主役にした椀物。氏は、精進出汁に豆乳クリームや味噌シートでアクセントを加えるという構成で、脇役を担うことが多い干瓢の滋味深い味わいを主役へと引き上げてみせた。ゼロから料理を考案したのは、これがほぼ初めての経験だったという。

「着想には手応えを感じつつも、プレゼンテーションの面ではインパクトに欠けるのではないかという不安もあった」と語るが、その懸念は杞憂に終わった。食材に対する誠実な向き合い方と、伝統を現代的に解釈しようとする姿勢が審査員を唸らせ、氏は頂点まであと一歩のところまで辿り着いた。
「大会終了後、自分でも驚くほどの悔しさが込み上げてきました。ほんの少しの妥協も許されない大会であることを知っていたはずなのに、完璧を期すことができなかった。経験の乏しさゆえでしょう。完全に浮き足立っていたのです」
後悔の念が、佐藤氏を「料理人としてのスタートライン」に向かわせたのだろう。その後の氏の行動は大きく変わった。これまでは厨房のなかだけが世界のすべてだったが、今は自ら朝市に足を運び、生産者の声に耳を傾けている。また、ともに戦ったライバルのレストランを訪れ、その哲学を肌で感じる努力も惜しまない。
「新しいことにチャレンジして、たとえ失敗したとしても、僕にはまだ失うものなんて何もない。ようやくそのことに気づけたのです」

さらに、佐藤氏は今後「Global Experience賞 by Japan Airlines」の副賞として、米国・ニューヨークの「odo」でのイベント開催が決まっている。「日本料理の枠を超えて若いうちに視野を広げるべく、海外でも経験を積みたい」と語る氏には絶好の機会だろう。
その視線の先には、師である村田吉弘氏の姿がある。世界中の人びとに届く言葉をもち、日本の食文化の価値を向上させた師のように、自分も「言葉の力」と「発信力」をもつ料理人になりたい。それこそが、地方の一次産業を救い、消えゆく風景を未来に繋ぎ止めるための最善の道だと信じているからだ。
写真のひと皿は、そんな佐藤氏の決意を表す「先付け」。冬の寒さを溶かすような、温かなお粥である。
「日本に稲作が伝来した際、お粥のつくり方も伝わったとされています。つまり、それは日本料理の『始まり』の料理でもあるのです」
それは、日本料理の原点へのオマージュであると同時に、世界という大海原へと漕ぎ出す若き料理人のリスタートを象徴するひと皿でもある。希望に満ちた前途に期待が集まる。

【料理】
「門出を祝うように紅白のカブをあしらった先付のひと皿です。日本料理のはじまりは米にありますので、懐石料理のはじまりに料理人として真のスタートと、日本食・米文化の起点を感じていただきたいという想いを込めました」と佐藤氏が語るように、「料理人としてのスタート」をコンセプトにしたひと皿。素材は紅白の小カブとアカカブ、カブの葉、昆布とカブ皮の出汁、塩、アクセントとして添えたキンカンの皮とワサビのみ。穏やかな塩加減が、カブとお米の甘みを引き立たせている。
text by Moji Company / photos by Makoto Ito
佐藤歩
「菊乃井 鮨青 肉雲収」料理人
2000年、栃木県生まれ。日本料理の美しさに魅力を感じ、高校卒業後に「菊乃井 本店」(京都)にて約5年間勤務。その後、2024年にオープンした「菊乃井 鮨青 肉雲収」へ。将来は海外でその土地の料理を学び、日本料理店にこだわらずにさまざまなジャンルのレストランで研鑽を積みたいと考えている。
「RED U-35 2025」においてゴールドエッグとGlobal Experience賞 by Japan Airlinesを受賞。