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井上稔浩|もがき苦しんだ末にたどり着いた自然体の境地

井上稔浩(pesceco オーナーシェフ)2021 Finalist インタビュー

INTERVIEW 2022.03.15

5回目の出場で2度目の決勝進出を果たした井上稔浩氏は、今大会、準グランプリを獲得した野田達也氏と並び、大会前から注目を集めていた実力者。ラストチャンスとなる35歳で挑んだ2021年、優勝を手にすることはできなかったが、何度もRED U-35に挑戦するなかで、自分なりの料理人像を見出してきた。地方でレストランを営むために大切なこと--その根本を井上氏は語ってくれた。


長崎県島原市新馬場町。有明海を望む海辺に佇むpesceco(ペシコ)は、6席のみの小さなレストランである。その日のゲストのために全力を注ぎ、そしてその営みをこの先もずっと継続していきたい--今、井上氏が胸に秘めているのは、そんな素朴な想いだ。

だが、その境地にいたるには、長い時間が必要だった。2016年、30歳で初めてRED U-35に出場したときの状況は切羽詰まったものだった。

「あのころは、独立したばかりで、お客さまがまだまだ少なかったんです。技術も経験も乏しいなかで、もしRED U-35で優勝できなければ、この先食べていけないと思い詰めるほどに危機感を抱いていました」

焦る想いは、三次審査で如実に出てしまう。実技審査の開始1分で派手に指を切ってしまったのだ。

「その時点で頭が真っ白になってしまって。なんとか料理を仕上げたものの、動揺を引きずったままでしたので、その後の面談審査もほとんど記憶がありません。結局何もできないまま終わってしまった印象です」

その悔しさをバネに出場を続け、4度目の挑戦でようやくつかんだ2019年の決勝の舞台。しかし、内容・形式自由という10分間のプレゼンテーションでは、地方でレストランを営むことの意義や、島原に対する想いをうまく言葉にできず、目標としていたグランプリにはあと一歩手が届かなかった。

「RED U-35へのチャレンジを振り返るとき、脳裏に浮かぶのは挫折の記憶だけ(苦笑)。とくに2019年は、お客さまが少しずつ増えてきたころで、それを自分の実力と過信する未熟さが露呈してしまった気がします」

そして5度目の挑戦となった2021年。井上氏の心境には、変化が現れていた。

「自分のために出場していた過去大会とは、心境にあきらかなちがいがありました。“大会のために何か特別なことをしないと”という想いが強かった前回までとは異なり、今回は“日々の感謝をカタチにして、発信できればいい”、そんな気持ちで臨めたんです」

日々の仕事と同様に、自然体でRED U-35に挑めれば--妙なプレッシャーから解放されたせいか、最後の大会にしてようやく、悔い残すことなく思いの丈を表現できたのではないかと井上は語る。

「『家庭でできる 未来のための一皿』という決勝の課題のときも、なにか特別な料理に仕上げようという気負いはありませんでした。ただ身の回りにある食材を生かして、無理矛盾なく食卓を彩ることができるものをめざし、地元島原の素麺に旬の春菊を合わせるシンプルなひと皿をつくりました。テクニックうんぬんでなく、まずは身近な食材でもアイデアひとつで変わることを知っていただけたらなと。

どこにいても、どんなものでも簡単に手に入る便利な世の中になった反面、ご家庭で台所に立つ機会が少なくなったと言う方も少なくはいはず。だからこそ、自宅でもちょっとした工夫で美味しい料理ができることを知っていただきたかったんです。そこに土地の食材や愛情があれば、それだけで十分素敵な食卓になるのではないでしょうか」

等身大の自分で戦い抜いた今、井上氏はどんな料理人でありたいのかと問いについて、ひとつの答えが見えてきたという。

「お店を大きくしたいとか、有名になりたいとか。そんな野望はありません。ただ、地域のつながりを大切にしながら、1日1日を大切に積み重ねていくだけ。当たり前のことのように聞こえますが、それが難しいんですよね。大切なのは、この場所でやり続けること。そして、レストランが旅の目的地になり、食べることをとおして、風土や文化、魅力を感じてもらうこと。その可能性は、それぞれの土地にありますし、多様であるべきだと思っています。レストランのカタチはひとつではありませんから」

その先の未来を見据える井上氏は、最後にさらなる夢を語ってくれた。

「あと15年経てば、わが子たちも成人し独立していきます。願わくば、それまで父として、料理人として魅力的であり続けたいと思っています。もし、そのときにご縁があるのならば、家族全員と地域の仲間とともに、現在のpescecoを超えるレストランをやれたら、幸せだなと。人の輪がつながり、小さなレストランが、大きなレストランに……。この土地でそんな未来につながるような仕事を僕らはやり続けたいのです」

これからも未来に向けて着実な歩みを重ねるであろう氏の小さなレストランは、島原の海辺を優しく照らす灯火であり続けるだろう。


【料理】受け継がれる一皿 Memorial dish:井上氏の義祖母の得意料理であるほうれん草の白和えから想を得たもの。信頼を置く生産者の日本ほうれん草は氏が毎年試行錯誤する食材のひとつ。「あと何回、こんなひと皿に巡り会えるのだろうか」と井上。土地と季節と人との出会いの賜物だ。

text by Moji Company / photos by Azusa Shigenobu

プロフィール

井上 稔浩(pesceco オーナーシェフ)

1986年、長崎県生まれ。大阪の調理師専門学校を卒業後、寿司店などを経て、2008年に父親とともに居酒屋をオープン。2014年にオーナーシェフとして開いた「pesceco」は、2018年に移転後、『ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎 2019 特別版』で1つ星を獲得。RED U-35 2016シルバーエッグ、同2019、2021ゴールドエッグを受賞。

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