「今大会は、該当者なし」
審査員長・德岡邦夫氏(京都 𠮷兆 総料理長)の衝撃的なひとことにより幕を閉じた、日本料理界の次世代を担うスターを発掘する日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35(RYORININ’s EMERGING DREAM U-35)2019」。7回目にして初となる“レッドエッグ空位”となった今大会の、約半年にわたる戦いを振り返る。
「2020年に東京オリンピックを迎えるにあたり、今回は最も重要な大会になると思っています。今までの殻を破り、さらに価値あるコンペティションにしていきたい」。2019年3月。開幕に先駆け行われた「審査員キックオフミーティング」は、大会プロデューサーである小山薫堂氏のこの一言でスタートした。
今大会の審査を務めることになったのは、脇屋友詞氏(Wakiya一笑美茶樓 オーナーシェフ)より審査員長を引き継いだ德岡氏をはじめ、鎧塚俊彦氏(Toshi Yoroizuka オーナーシェフ)、狐野扶実子氏(料理プロデューサー)、生江史伸氏(L'Effervescence シェフ)に、和久田哲也氏(Tetsuya's オーナーシェフ)、笹島保弘氏(IL GHIOTTONE オーナーシェフ)、太田雄貴氏(公益社団法人 日本フェンシング協会 会長)の3名を新たに加えた計8名。いずれも、各分野において新たな道を切り拓いてきた“レジェンド”たちである。
■第一の関門は「ニッポンの宝」を考えること
協議の末、平成から令和へ。
新しい時代の幕開けにふさわしい若き才能を発掘する大会の、注目の第一次審査(書類審査)のテーマは、「ニッポンの宝」に決定。
「水産資源の減少、異常気象、技術の進歩など、食に関わる環境は激変しています。そんななか、次世代を担う料理人たちは、今、何をすべきなのか? グローバル時代にふさわしい視野で“ニッポンの宝”について考えてください。非常に大きなテーマです。だからこそ、多様な価値観を大切に、本質を探り出してほしいと思います。世界を変える情熱を待っています」(德岡氏)
「ニッポン」とは何か、その「宝」とは何か? この壮大なテーマに挑んだのは、フランス、アメリカ、オランダなど、国内外あわせて世界10カ国から集結した435名の若き料理人たちである。彼らは、それぞれの「ニッポンの宝」をひと皿で表現。想いの丈を綴ったエントリーシートとともに提出した(2019年5月末日締切)。彼らの熱い想いを余すところなく受け止めるべく、書類一枚一枚に丹念に目を通した審査員たちによる審査を経て、同年7月5日(金)、二次審査進出者(ノミニー)93名が選出された。
■原石の輝きを捉えた渾身の映像
続く二次審査(オンライン審査)の課題を発表したのは、なんとあのモダンフレンチの巨匠、ヤニック・アレノ氏(アレノ・パリ パヴィヨン・ルドワイヤン シェフ)である。
「私とのコラボレーションイベントにて、コース料理の一品をあなたに任せます。前菜、メイン、デザート、なんでもOKです。ジャンルも自由。みなさんの創造性と想像力を存分にアピールしてください」。
己の考えをいかにして、広く共感を得られるプレゼンテーションに昇華させることができるのか。同審査では、次世代の料理人に求められる「伝達力・対応力」が試される。
巨匠からのメッセージを受けた若き料理人たちは、溢れる想いとアイデアを90~120秒の短い映像にまとめ、渾身の一皿とともに自己をアピール。混戦を勝ち抜いた以下のファイナル・ノミニー10名が、三次審査へと駒を進めた。
井上稔浩氏(33)イタリア料理「pesceco」(長崎県)オーナーシェフ
小川苗氏(27)フランス料理「Paris.Hawaii」(アメリカ)スーシェフ
荻野聡士氏(32)日本料理「銀座奥田」(東京都)料理長
菅田幹郎氏(34)日本料理「koyomina」(岩手県)料理人
髙木祐輔氏(24)中国料理「ザ・ペニンシュラ東京 ヘイフンテラス」(東京都)料理人
髙野隼輔氏(32)フランス料理「restaurant ERH」(フランス)スーシェフ
成田陽平氏(33)日本料理「菊乃井本店」(京都府)料理人
野田達也氏(34)Défricher cuisine「コレクティブ メゾン nôl」(東京都)シェフ
萩森司氏(32)日本料理「ホテルオークラ アムステルダム 山里」(オランダ)副料理長
森枝幹氏(32)日本料理「ub1table」(東京都)料理人
■ひと皿に込めた料理人としての矜持
最終審査が行われる前日の10月14日(月・祝)、決戦の舞台となった武蔵野調理師専門学校(東京・池袋)に、国内外より10名の精鋭が集結。前日までの台風の影響が残る悪天候のなか、熱き闘いが繰り広げられた。
今年のテーマ食材は「鯖」。ミッションは、鯖を使った料理11皿分を60分以内に完成させること。そして、その後の審査員との面談で自己をアピールすること、である。食材の生かし方やレシピの独創性、プレゼンテーション能力、時間内に料理を仕上げる技術力、慣れない厨房での対応力など、料理人としての総合力が問われた。
テーマ食材が発表されたのは本番のわずか1週間前である。時間の許す限り試作を繰り返し、伝えるべきメッセージを幾度も反芻してきたであろう挑戦者たちは、慣れないキッチンに戸惑いながらも、持てる力を遺憾なく発揮。赤味噌を使った「サバのカレー」のように意外性のあるひと品から、日本料理の素晴らしさを表現するべく季節感を巧みに盛り込んだもの、あるいは食品ロスや環境破壊など今を生きる料理人として取り組むべき課題を意識したひと皿まで、いずれも料理人としてのアイデンティティを表現する渾身のひと皿を披露した。
実力伯仲の戦いは、審査員を悩ませることに。
「RED U-35は、現時点で優れている料理人ではなく、10年後に輝いているであろう次世代のリーダーを選ぶ大会です。明日の最終審査を見てみたいと思わせる人を選んでいただきたい」と、プロデューサーの小山氏の発言によって、この大会の意義を改めて確認する場面も見られた。
協議の末、最終審査進出者“ゴールドエッグ”は、以下の6名に決定。“レッドエッグ”の座を目指し、翌日の最終審査に挑むことになった。
井上稔浩氏(33)イタリア料理「pesceco」(長崎県)オーナーシェフ
小川苗氏(27)フランス料理「Paris.Hawaii」(アメリカ)スーシェフ
荻野聡士氏(32)日本料理「銀座奥田」(東京都)料理長
髙木祐輔氏(24)中国料理「ザ・ペニンシュラ東京 ヘイフンテラス」(東京都)料理人
成田陽平氏(33)日本料理「菊乃井本店」(京都府)料理人
野田達也氏(34)Défricher cuisine「コレクティブ メゾン nôl」(東京都)シェフ
■最終決戦はフリースタイルのプレゼンテーション
翌10月15日(火)、ファイナルの舞台となった東京ミッドタウン日比谷「BASE Q」(東京・日比谷)では、レッドエッグ誕生の瞬間に立ち会うべくつめかけた多くの観客が見守るなか、ステージ上での公開プレゼンテーションによる運命の最終審査が行われた。
最後の舞台に立つ選手たちに与えられた持ち時間は10分。内容・形式ともに自由である。どのような内容のメッセージを、どのような方法で伝えるのか。いかにして観客を魅了するのか。次世代の日本の料理界を牽引する料理人が備えるべき、“発信力”に注目が集まった。
トップバッターは、髙木祐輔氏。今回のファイナリスト中最年少ではあるが、堂々たる立ち居振る舞いと、落ち着いた語り口で「食品ロス問題」などに対する自身の取り組みと考えを披露した。
ステージ上にまな板と食材を用意し、実演を交えながらプレゼンをしたのは荻野聡士氏。「切る」という動作だけで素材を生かす日本料理の魅力と、日本文化を担う日本料理人の存在感をアピールしてみせた。
唯一の女性ファイナリストである小川苗氏は、アメリカ、フランス、モロッコなど世界を旅するなかで見つけた、人との繋がりや自然とともに生きることの大切さ、そして女性ならではの感性を武器に、料理を通して発信する新たな価値観を語った。
続いては、2016年大会に続いて2度目の最終審査の舞台に立った成田陽平氏。フランス料理の道を志していた自分が、いかにして日本料理に魅了されたのかに言及。そして近い将来、故郷である青森に戻り、日本料理を軸にした、サステナブル(持続可能)な食文化づくりに邁進することを誓った。
野田達也氏も、2015年大会に続き2度目のファイナリストである。「人を喜ばせること」に人生の意義を見出し料理人を志した自身の半生を振り返りながら、新たな事業を起こし、料理人の新たなスタイルを地元福岡から発信していきたいという野望を熱弁した。
最後に登場した井上稔浩氏が語ったのは、イタリア料理を追求するなかで気づかされた「郷土愛」と、それを体現する「里浜ガストロノミー」である。海辺に生まれ今もそこに暮らす料理人だからこそ表現できる独自のスタイルをアピールした。
プレゼンテーションの後に行われた審査員との質疑応答では、審査員長の徳岡氏より、すべての挑戦者にある共通の質問がなされた。それは、「翌日に決勝戦を控えたラグビー日本代表選手に、“卵”を使って料理を振る舞っていただくとします。あなたはどんな料理を作りますか」というもの。プレゼン内容とは無関係の想定外の質問に、不意をつかれた選手たちが戸惑いの表情を見せる場面もみられたが、さすがはファイナリスト。選手の栄養面を考慮したメニューや、自身の得意料理など、それぞれ個性あふれる答えを披露。咄嗟の対応力と食す人への想い、さらにオリジナリティが試された瞬間だった。
6者6様のプレゼンテーションは会場を盛り上げたものの、突出した存在感を示す者がいなかったせいか、直後に開かれた最終審査会は紛糾した。「今はまだ未熟だが、将来的には面白い存在」、「総合力という点で、物足りない」、「純粋さは評価できるが、勉強不足である点は否めない」など、さまざまな意見が交わされるも結論には至らず、議論は予定時間をオーバー。果たしてその結果は……。
■レッドエッグに求められる資質とは?
授賞セレモニーは、滝久雄賞の発表にはじまり、岸朝子賞、そして準グランプリの発表へ。名前を読み上げられたのは、ともに2度目のファイナリストとして最終審査に挑んだ成田陽平氏と野田達也氏の2名である。
「人として料理人として、もう一歩前に進むことが必要」(成田氏)
「この悔しさを将来の糧としてほしいというお考えで選んでいただいたはず。その期待に応えていきたい」(野田氏)
グランプリを獲得するという固い決意で今大会に臨んだものの、あと一歩のところでレッドエッグの座を逃した両名は、悔しさをにじませながらも、決意を新たにさらなる精進を誓った。
そしていよいよレッドエッグ発表の瞬間。会場が静かな興奮に包まれるなか、審査員長の德岡氏がマイクの前に立ち、一瞬の静寂の後に発した一言が、前述の「今大会は、該当者なし」である。驚きとも落胆ともつかない客席のどよめきと動揺、選手たちもまた、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「該当者なし」という大会初の結果に至った経緯を、小山氏は次のように説明した。
「次世代のリーダーになっていただくには、料理の腕だけではなく、優れたコミュニケーション能力が欠かせません。そうした能力を欠いた料理人を、RED EGGに選んでいいのかという機運が生まれました。最終審査を自由形式のプレゼンテーションにしなければ結果は変わっていたかもしれません。これもまた運命です」
「レッドエッグに求めるのは、感性、技術、知識、そして人間性。それらが総合的に優れていて、表現できるスキルをもつ料理人です。今回は、残念ながらその水準に達した人物がいなかったということ。みなさんのますますの研鑽に期待します」。審査員長として初めて臨んだ2019年大会を、德岡氏はこのように総括。次回大会に向け、若き料理人たちのさらなる奮起を促した。
「RED U-35 2020」では、どんな“サプライズ”が待ち受けているのか。世界が注目することになるだろう。
RED U-35 2019 受賞結果
《RED EGG(グランプリ)》:該当者なし
《準グランプリ》:成田 陽平(菊乃井本店/京都)、野田 達也(コレクティブ メゾン nôl/東京)
《岸朝子賞》:小川 苗(Paris.Hawaii/アメリカ・ハワイ)
《滝久雄賞》:川野 將光(béni/シンガポール)、小川 苗(Paris.Hawaii/アメリカ・ハワイ)、久田 弘道(La table de Breizh café/フランス・ブルターニュ)
RED U-35 2019 PROJECT
主催:RED U-35(RYORININ's EMERGING DREAM U-35)実行委員会
共催:株式会社ぐるなび
サポーター:ヤマサ醤油株式会社、キユーピー株式会社、日本航空株式会社、高橋酒造株式会社、アサヒビール株式会社、UHA味覚糖株式会社、タニコー株式会社、株式会社 アルフレックス ジャパン、株式会社J-オイルミルズ、ユニ・チャーム株式会社、三井農林株式会社、株式会社ゴダック、花王プロフェッショナル・サービス株式会社、エスビー食品株式会社、竹本油脂株式会社
後援:農林水産省、国土交通省観光庁、文化庁、広島県、札幌市、いすみ市、新潟市、京都市、岡山市、松山市、福岡市、タイ王国大使館、ブラジル大使館、京都調理師専門学校、神戸国際調理製菓専門学校、辻󠄀調理師専門学校、東京誠心調理師専門学校、服部栄養専門学校、兵庫栄養調理製菓専門学校、立命館大学、一般社団法人 国際観光日本レストラン協会、大阪ヘルシー外食推進協議会、公益社団法人 日本中国料理協会、公益社団法人 日本料理研究会、西武 旅するレストラン「52席の至福」、NKB farm、全国芽生会連合会、全国料理業生活衛生同業組合連合会、一般社団法人 全日本・食学会、特定非営利活動法人 日本料理アカデミー、一般社団法人 日本イタリア料理協会
イノベーションパートナー:Foodion
認証:beyond2020(RED U-35は、beyond2020 プログラム認証事業です)
*Author|RED U-35編集部(MOJI COMPANY)