RED U-35RED U-35

メニュー

RED U-35史上初となる女性料理人のレッドエッグ誕生

未来に思いを馳せた、異例の年またぎ開催

REPORT 2024.03.15

新しい時代を切り拓く若き才能の発掘を掲げ、2013年にスタートした日本最大級の料理人コンペティション「RED U-35」は2023年度で10回目の開催を迎えた。そんな記念すべき大会で見事グランプリ(レッドエッグ)に輝いたのは、山本結以氏(「ESqUISSE」スーシェフ)である。

大会史上初となる女性料理人が栄冠を手にした「RED U-35 2023」。その最終決戦をレポートする前に、2023年8月の応募受付開始から、数々の課題に挑んできた若き料理人たちの約半年間の戦いを振り返りたい。

テーマは次代を担う子どもたちへのメッセージ

深刻化する食糧問題、近い将来に予測される海洋資源の減少、気候変動による農業生産物への影響……。悲観的な近未来予測が語られるなか、「RED U-35 2023」が応募者に課したテーマは「2030年のお子様ランチ ~未来をつくるこどもたちに贈る料理~」だった。

「定番のお子様ランチのスタイルに捉われず、自由な発想で未来の子どもたちの食体験をデザインしてほしい。子どもたちを取り巻く環境は将来どうなっているのか。食材は今と同じように調達できているのか。生産者たちはどんな想いで食材を作っているのか——人や社会、そして自然環境などについても考える必要がある。未来を創る子どもたちに贈るお子様ランチを楽しみにしている」。審査員長である狐野扶実子氏のこの言葉によって大会はスタートした。

次世代への継承を意識させる難題に挑んだ応募者は国内外合わせて335名。一次審査を通過したブロンズエッグ50名のうち25名が20代(大会史上最多)であるという、新世代の台頭を予感させる結果に。映像審査による二次審査を経て、三次審査に進んだ20名のシルバーエッグは、「2030年のお子様ランチ ~未来をつくるこどもたちに贈る料理~」をテーマにしたグループディスカッションと、審査員たちとの面談へ。激戦を勝ち抜きファイナルステージへの切符を手にしたのは下記の5名となった。

・穴沢 涼太(35歳) 日本料理 「里山十帖」 新潟県南魚沼市 料理人
・清藤 洸希(29歳) フランス料理 「枯朽」 東京都墨田区 オーナーシェフ
・黒川 恭平(35歳) 洋食 「レストラン ブロッサム」 石川県七尾市 シェフ
・西山 優介(28歳) 里山料理 「respiracion」 石川県金沢市 料理人
・山本 結以(29歳) フランス料理 「ESqUISSE」 東京都中央区 スーシェフ
※敬称略/五十音順
※年齢・肩書はゴールドエッグ発表日(2024年1月18日)時点

大人になった2030年の子どもたちへのメッセージ

最終審査のテーマは「そして2050年、大人になる子どもたちに贈る料理」。つまり、ファイナリストの最後のチャレンジは、培った技と創造力を駆使して、大人になった2030年の子どもたちへのメッセージをひと皿に表現すること。ゴールドエッグ選出を喜ぶ間もなく、1カ月後に開催される最終審査に向け、彼らは日常の業務と並行させながら、着々と準備を続けてきたはずだ。

その成果を披露する決勝の舞台となったのは、東京ミッドタウン日比谷6階にある「DRAWING HOUSE OF HIBIYA」。2024年2月15日(木)の早朝、ゴールドエッグの5名は到着早々、食材のチェックなど準備に取りかかっていた。

今大会の審査を務めたのは、審査員長の狐野扶実子氏(食プロデューサー・コンサルタント)を筆頭に、佐々木浩氏(祇園さゝ木 主人)、君島佐和子氏(フードジャーナリスト)、辻󠄀芳樹氏(辻󠄀調理師専門学校校長、辻󠄀調グループ代表)、野村友里氏(eatrip 主宰/料理人)、谷口英司氏(Cuisine régionale L’évo オーナーシェフ)、川手寛康氏(Florilège オーナーシェフ)、吉武広樹氏(Restaurant Sola オーナーシェフ)の8名。前大会同様の顔ぶれである。

今大会の最終審査は、ファイナリストがひとつのチームとなりコース料理を完成させた前回大会とは異なり、いわば個人戦。各挑戦者が、審査員の目の前で最後の仕上げをしたひと皿を、審査員が実食するというシンプルなスタイルである。

調理のサポートを担当するのは、辻調理師専門学校の生徒たち。限られた時間のなか完璧な仕上げをめざすには、初顔合わせとなる彼らとの連携も重要だ。彼らスタッフとの事前ミーティングにも熱が入っていた。

未来に思いを馳せた渾身のひと皿で勝負

オープンキッチンのカウンター席に着席した審査員団が見守る張り詰めた空気のなか、最初に姿を現したのは石川県七尾市の洋食店「レストラン ブロッサム」で料理長を務める黒川恭平氏。

令和6年能登半島地震の被災地で炊き出しなどボランティア活動に従事しながら、「RED U-35」へのチャレンジを諦めなかった黒川氏が作ったのは「伝統を未来の礎に」——能登の里山里海の魅力を洋食の王道ともいえるハンバーグで表現したひと皿だった。

「能登牧場では、道路の寸断のため、丹精込めて育てた牛を出荷できず悔しい想いをしていたはず。ようやくそのうちの数頭をどうにか出荷できた。命をいただく大切さと料理人としての責任を表現した」と地元への想いを滲ませた。

狐野扶実子氏の「大変な状況のなか、なぜRED U-35に挑んだのか?」という問いに対し、「料理を提供する度に被災地の方々にかけていただいた “元気が出た!”という言葉に後押しされた。地元の方々に応援していただいたからこそ、今ここにいることができる」と、食の力を実感した氏は今後、「ボランティアの方々の憩いの場、そして奥能登への架け橋となるような場所をつくっていきたい」と、未来への希望を語った。

・黒川恭平 料理名「伝統を未来の礎に」

続いて登場したのは、石川県のスペイン料理レストラン「respiracion」に所属する西山優介氏である。

「稗のような失われつつある食材や資源の危機について、未来の子どもたちとともに考えていきたい。そんなメッセージを込めました」という言葉とともに、岩手県産のもち稗を使った「稗ずし」(「ずし」または「ずーしー」は、宮崎県の一部で「雑炊」を意味する)を披露。

京都府産の一休寺納豆や宇治煎茶などが加えられた出汁で炊いた雑炊の味わいを何度もチェックする氏の表情は真剣そのもの。こうして完成した猪のコンソメスープとともにいただく「入藘花(ろかにいる)」と題された料理に、審査員は身も心も温まったはずだ。

そんな意外性のあるひと皿に対し、佐々木浩氏からは「和のテイストを強く感じた。これまで培ってきたスペイン料理や、フランス料理の要素を入れなかったのはなぜか?」という問いも。「たしかに和食にも似た味わいかもしれないが、これまで培ってきた要素を随所に生かせていると思う」と答える姿には、確固たる信念がみなぎっていた。

・西山優介 料理名「入藘花(ろかにいる)」

3番手の新潟県「里山十帖」に所属する穴沢涼太氏の勝負のひと皿は、地元南魚沼の保存食(ムカゴや干し柿、打ち豆など)や猪肉を生かした「森の恵み」。

野山に囲まれて暮らす穴沢氏らしい郷土色の強い料理だ。当初使用予定だった自家製の発酵調味料が、大会規定上使用不可であることがわかったのは最終審査前のこと。「それまで容易に入手できていた食材がなくなってしまう未来を暗示しているようだ」と、そんなハプニングすらメッセージに組み込む機転も。

「何度も料理人をやめようと思った。しかしここに来てからは、日々苦労の連続だが生きている実感がある。自分と同じ悩みを抱える料理人の見本となる存在でありたい」——炭火で焼かれた猪肉など、失われつつある自然の香りを帯びたひと皿には、そんな決意も込められていた。

辻󠄀芳樹氏の「常識を共有できていない部下への指導はどうしている?」という問いに対する、「できるだけ一緒に山に入るなど、手と足を使ったコミュニケーションを大事にしている」という答えには、里山の料理人としての矜持が滲んでいた。

・穴沢涼太 料理名「森の恵み」

三重県産の伊勢海老を用いた料理「脱皮」を披露したのは、ゴールドエッグ唯一の女性料理人である山本結以氏。

メインの食材に伊勢海老を用いたのは、「海女さんが捕った伊勢海老を、豪快に丸ごと炭火焼きにして食した感動の記憶」から。そこには、「三重県の海女文化は、日本遺産に登録されている日本を代表する貴重なもの。持続性のある資源維持のやり方を今も守り続けている。“海女になってよかった”と語る彼女たちの笑顔が絶えることなく、未来に受け継がれてほしい」という願いが込められていた。

グランプリを獲得した際の賞金の使い道を問われた山本氏は、迷うことなくこう答えた。「日本女性飲食業協会を創設したい。男女問わず参加可能なこの組織の目標は、仕事、家庭、子育て、何一つ諦めることなく女性も自由な職業選択ができ、男女格差なく平等にリーダー職や管理職になれる環境の実現。だからこそ、ジェンダーレス社会の実現を目指す今の時代において、協会名にあえて女性と入れた」。

「料理名の意味は?」という野村友里氏の質問には、「誰もがもっているはずの自分を守るための“殻”。しかし、いずれはそれを脱がなくてはならない。未来の子どもたちもその“殻”を脱ぎ、いつまでも成長を繰り返してほしい。そんな願いを込めた」と回答。調理をすべて終えた山本氏が、サポートのスタッフ2名にそっと料理を渡していたシーンが印象的だった。その思いやりは生徒たちのみならず、審査員にも届いていたにちがいない。

・山本結以 料理名「脱皮」

最終審査の最後を飾ったのは、東京・押上でフランス料理レストラン「枯朽」のオーナーシェフを務める清藤洸希氏。

「櫛風沐雨(しっぷうもくう)」と題された料理は、トマトと古樹茶花の出汁に絹ごし豆腐を浮かべ、塩釜にして固めた屋久島春ウコンで爽やかな香りを纏わせた湯豆腐料理である。「最終審査は“根”を主役にした料理をつくると決めていた。

屋久島春ウコンは、先日地元の鹿児島に帰省した際に出合った香りが印象的な食材。もうひとつは近所にある豆腐店の絹ごし豆腐。他人の優れた技術を活用し、労働環境を改善することもこれからの料理人が考えるべきことだと思う。また、徐々に減りつつある昔ながらの豆腐店を応援したい気持ちもあった」とその想いを説明した。

「料理はおいしいことが絶対条件。労働時間短縮の実現をめざすうえで、おいしさを犠牲にしなければならないケースがあると思うか?」という谷口英司氏の厳しい質問に対しては、「何をどこまで追求するべきかというバランスは人それぞれ。誰でも働ける環境や仕組みを整えていきたい」と冷静な回答を出した。

・清藤洸希 料理名「櫛風沐雨(しっぷうもくう)」

前回大会のようなチーム戦ではなく、個人戦で行われた試食審査は、緊迫感漂う静かな戦いとなった。激闘を終えた審査会場では、結果を気にかけながらも互いの健闘を讃えあう若き精鋭たちの清々しい姿も。一方、ファイナリストによる熱戦の余韻に浸るまもなく、審査員団らはレッドエッグを決めるべく審議のための別室へ——。

グランプリは、審議開始ほどなく決定された。「料理の構成力、コミュニケーション能力、そして指導力、すべてのクオリティが高かった」という意見が大勢を占め、ほぼ満場一致である。これまでの大会ではほとんど見られなかった光景だ。

よって議題は早々に準グランプリの選考へ。ある料理人については、「伝えたいことを料理で表現できていた」、「食材の使い方には意外性があり、その味わいは感動的だった」、また別の料理人については「これからの料理人像を追求している」など、タイムリミット間際まで忌憚のない意見が飛び交うことに。決め手となったのは、確たる調理技術、独自の世界観など、将来を期待させるポテンシャルの高さだった。

また、審査員団の眼前で最後の仕上げが行われた今大会の審査方法について、「各挑戦者の仕上げの調理過程を、じっくりと見ることができた」、「最後の仕上げをつぶさに観察できたことで、それぞれのバッググラウンドをより深く知ることができた点がよかった」といった感想も。そこには、審査に対する手応えも感じられた。

師への感謝と後進への思いやり

同日午後7時30分。津軽三味線奏者・民謡歌手の中村滉己氏による生演奏によって授賞セレモニー(会場:東京・南青山 song & supper BAROOM)は華々しくスタート。そしていよいよ張り詰めた空気が会場内に流れるなか、グランプリ“レッドエッグ”発表の瞬間が訪れた。

ドラムロールが鳴り止んだ静寂のなか、スポットライトに照らされたのは山本結以氏。名前を読み上げられた瞬間、安堵したかのようにわずかにほころんだ表情を浮かべた彼女は静かにステージ中央へと歩を進めた。


「一次、二次、三次と審査を通過するたびに心が躍り、結果を待つ間はドキドキしながら懸命に取り組んできたことが、このような結果に繋がったことを嬉しく思う」と喜びを語った。会場でその様子を見守っていた「ESqUISSE」のエグゼクティブ・シェフ リオネル・ベガ氏の姿を見つけた彼女は、視線をそちらに向けこう続けた。「もしリオネルに出会っていなかったら、私は今ここに立っていない。彼の言葉一つひとつが私のすべてを引き上げてくれた。今後は私がそういう存在になれるよう努力し続けたい。Merci beaucoup!」。

狐野扶実子氏は「今回のレッドエッグは、審査員の満場一致で決まりました。技術、味の構成力、創造力はもちろん、料理の背後にあるストーリーの構成力、それをわかりやすく伝えるコミュニケーション力など、すべてにおいてバランスのとれたプレゼンテーションが素晴らしかった」と称賛。

また、佐々木浩氏は「調理をサポートした生徒たちへの教え方も見事。僕のほうが“師匠”と呼びたいくらい。調理終了後、あえて余分に作った料理を生徒たち2人に“食べてみてね”と、山本さんが使っていたピンセットとともにプレゼントしていた姿が印象的でした。とても良い配慮だった」と感動を顕にそう評価した。

惜しくも準グランプリとなった西山優介氏は、「レッドエッグをめざして頑張ってきたので、嬉しさもあるが、やはり悔しい。この経験を糧に、料理以外においても、さらなる成長をめざしていきたい」とコメント。その眼差しは、すでに未来を見据えているかのように真っ直ぐだった。

そんな西山氏について辻󠄀芳樹氏は、「西山さんはファイナリスト5名のなかでも一際自分の輪郭をもっていたし、料理は高い技術力を感じさせてくれるものだった。とくに稗を使うというアイデアには彼独自の哲学が表現されていた」と高く評価した。

審査員長の狐野扶実子氏は「 “料理は希望だ”という黒川さんの言葉を聞いたとき、それこそが料理人の力なのだと再確認できた。挑戦者の料理に向き合う姿勢と情熱すべてが本当にひしひしと伝わってきた」と大会を総括。こうして記念すべき「RED U-35 2023」は幕を閉じた。

もうまもなくスタートするであろう「RED U-35 2024」では、どんなドラマが待ち受けているのか。記念すべき第10回大会においてゴールドエッグを獲得した若き料理人の今後の活躍に注目しながら、新たなスターの誕生を期待したい。

RED U-35 2023 受賞結果
《RED EGG/グランプリ》
 山本 結以(東京都「ESqUISSE」スーシェフ)
《GOLD EGG/準グランプリ》
 西山 優介(石川県「respiracion」料理人)
《GOLD EGG》
 穴沢 涼太(新潟県「里山十帖」料理人)
 清藤 洸希(東京都「枯朽」オーナーシェフ)
 黒川 恭平(石川県「レストラン ブロッサム」シェフ)
《岸朝子賞》
 山本 結以(東京都「ESqUISSE」スーシェフ)
《滝久雄賞》
 該当者なし

RED U-35 2023
■ ORGANIZERS 主催:RED U-35実行委員会 株式会社ぐるなび
■ CO-ORGANIZER 共催:株式会社メルコグループ
■ PARTNER:ヤマサ醤油株式会社
■ SUPPORTERS:ヨシケイ開発株式会社 ミヨシ油脂株式会社 日本航空株式会社 エビスビール
■ CHEF SUPPORTERS:DRAWING HOUSE OF HIBIYA BAROOM
■ 後援:公益財団法人大阪観光局 農林水産省 文化庁 観光庁 山梨県

text by Moji Company / photos by Jiro Hirayama

SHARE

TEAM OF RED PROJECT

RED U-35

ORGANIZERS主催
WE SUPPORT