長崎県の西方に浮かぶ、美しい海と豊かな自然に囲まれた五島列島。大小150余りの島々で構成され、なかでも五島市にある五島列島最大の島・福江島は、四季折々の味覚を目当てに毎年多くの観光客が訪れます。
今回の取り組みの目的は、五島市の食材を活用した、観光客の新規誘客と再訪につながるメニューの開発。市内飲食店のメニュー開発の助っ人として、CLUB REDの若き料理人・小川浩次郎氏が五島市を訪れ、食に関わる様々な人との交流を通じて新たな食の魅力づくりを目指します。
☆CLUB REDの料理人
小川浩次郎(日本料理/炭とおがわ/福岡県) 福岡県出身
京都の老舗料亭「瓢亭」で修業を重ね、福岡県内の日本料理店で料理長として長きにわたり活躍。本業の傍ら後進育成にも力を入れ、東京都内や名古屋市の系列各店舗で技術指導にあたる。2022年11月21日に独立店として福岡市中州に炭を使った料理をメインとするカウンター5席の新店舗「炭とおがわ」を開業。
2022年10月31日、五島福江空港に降り立ったCLUB REDの小川氏。五島市での2日間にわたる探訪のスタートとして、最初に訪れたのは「JAごとう産直市場 五島がうまい」です。お目当ては、“幻のブランド牛”とも称される五島牛。感染対策の関係で飼育現場の視察は叶いませんでしたが、小川氏はJA職員からの説明に聞き入ります。
訪問前に五島牛のリブロース・イチボ・カルビを試食してた小川氏は「どの部位も言うこと無しのA5ランクだと思った。」との感想を抱き、島を代表する特産品を称えます。そのほか、「五島美豚」や鶏肉「しまさざなみ」などのブランド食材など、五島市の様々な食材の話を伺い、小川氏は“食の宝庫・五島市”の全体像を把握した様子でした。
次に訪問したのは「中本製麺」。讃岐、稲庭と並び日本三大うどんのひとつとも言われる「五島うどん」を手掛ける製麺所です。
島の特産品である椿油で仕上げる五島うどんは細身でしっかりとしたコシが特徴で、小川氏は「以前に五島うどんを使って焼きうどんを作ってみたらおいしかったです。」
というエピソードを話しました。中本社長から製造工程や歴史などを聞き、実際に五島うどんを実食し、そのおいしさを堪能。「中本製麺」では、
アレンジメニューを提供する居酒屋や洋食レストランなどのニーズに対応するため、麺の長さにバリエーションをもたせて製造しており、五島伝統の逸品の現状に小川氏は耳を傾けました。
昼をまたぎ午後最初に訪問したのは「五島ルビー」の栽培ハウスです。トマト部会部会長が手塩にかけて育てた果実は、まるでフルーツのような甘さ。「五島ルビー」は直径4㎝ほどの中玉トマトで、9月上旬から翌6月半ばまで出荷でき、時期によって糖度は異なります。訪問した10月下旬は、糖度6度以上の甘味と酸味のバランスがとれた絶好のタイミング!試しに完熟前の粒を試食すると「未熟な段階でも十分おいしい。」という思わぬ発見も。部会長から語られる日々の手入れや手作業で行われる選果や摘み取りといったこだわりを聞き、小川氏はその手間のかかりように驚いていました。
陸の幸に続いて訪れたのは海の幸。五島の地下海水を活用して陸上養殖を行う「五島ヤマフ」を視察しました。特徴は、地下30mから海水を汲み上げる、病原菌のいない地下海水を利用した安心安全な養殖システムです。屋内の養殖場では、五島が全国有数の産地であるクエやシマアジ、アマダイ、屋外ではトラフグにヒラメ、サバ、アワビ、トラウトサーモンと多彩な魚種が養殖されています。なかでも、五島産のブランド養殖サーモン「海しらず」は今年から 出荷が開始された新しい取り組みです。今後はシロアマダイやアオリイカの養殖も見据えており、小川氏は「アマダイの養殖は聞いたことがないです。」と前例のない挑戦に驚いた様子。その後も、小川氏はクエ養殖に関する出荷前の脂ののせ方などを質問し、「五島ヤマフ」ならではの養殖技術に関心を寄せていました。
初日最後に訪れた「金沢鮮魚」では、海洋資源の未来をつくる取り組みについて話を聞きました。代表の金澤竜司氏は10年ほど前から変化する五島の海の将来を憂い、「人も海も豊かに」をモットーに循環型社会の実現を目指しています。そこで、配送用発泡スチロールの廃止による海洋プラスチックゴミの削減を実践しています。また、磯焼けを引き起こす未利用魚を使った魚醤“五島の醤”を6年前に開発し、農林水産省の「サステナアワード2021」のみどりの食料システム推進賞を受賞しました。金澤氏の話を聞きながら、次世代のためのSDGsアクションに共感を示す小川氏。ほかにも、通常の倍程度の手間がかかる鮮魚の下処理方法「金沢仕立て」による日持ちの違いなどの話も聞き、五島の豊かな食材を守り発展させる人たちの情熱に触れる機会になりました。
二日目の視察は、早朝の「福江魚市」からスタート。毎朝6時半に競りが始まると威勢の良い声が飛び交い、五島のキビナゴなど旬の食材が次々と運び込まれます。場内にずらっと並べられた鮮魚を小川氏が興味深く観察していると、そこにやってきたのは初日にお世話になった金澤氏。アオリイカの雄と雌の見分け方やブリとヒラマサの見分け方など、即興のレクチャーを受けた小川氏は「福岡の市場に並ぶ魚とは全然違う。本カツオが獲れるとは思わなかった。」と目を輝かせます。
五島視察の最後には、地元の飲食店やホテルの関係者との交流会を開催しました。午前と午後の2部構成で、小川氏によるオリジナルメニューの調理実演が行われました。この日に向けて、小川氏は訪問前にあらかじめ五島市の食材を使ったメニューを開発。交流会では、メニュー実演と試食を通じて地元の人たちと意見交換を行い、五島市の新たな魅力となるメニュー開発のヒントが生まれることを狙っています。
今回小川氏が実演したメニューは「五島ラーどん」。出汁からうどん、具材までのすべてを五島市産の食材・食品で作る麺料理です。スープには五島市の鶏ガラと魚のあらを使い、長ネギの青い部分と生姜、そしてサザエの茹で汁で風味豊かに仕上げています。具材はバリエーション豊富で、五島美豚の肩ロース肉を低温調理したチャーシュー、長ネギとパプリカと茹でた青菜に椿油の香りをまとわせた野菜炒め、サザエの身、軽く火を入れた五島牛が器を彩ります。五島の食材同士をかけ合わせて作り上げる、まさに五島尽くしの一品です。
参加者はまずスープのみを試飲食してみることに。午前の参加者からは「島では魚介と肉を合わせる発想はなかった。」「魚介の香りが効いたスープだけどくさみは全くない。ブイヤベースみたい。」などの声が上がり、小川氏は「出汁を合わせる際は魚のほうを多く使うのがコツ。」「五島の野菜には野性味がある。」「パプリカはみずみずしさが際立っているので、糠漬けにしてもおいしい。」といったCLUB REDのシェフの視点から調理のポイントや地産食材の魅力を伝えました。
スープを試飲した後は、待ちに待った「五島ラーどん」の試食です。会場内では、小川氏渾身の一杯を味わいながら、活発な意見交換が行われました。「鶏ガラだけでは出ない味だ。」「化学調味料不使用であっさりしているのに、魚の出汁の旨味がしっかりと感じられる。」などの感想とあわせて、「スープは混ぜたほうが良いですか?」といった質問が小川氏に寄せられました。
小川氏と交流するなかで、参加者は普段意識していないものの五島市産の食材を飲食店ではたくさん使っていることをあらためて認識し、その“五島の当たり前”を積極的に発信していくことの必要性が活発に議論されました。会の終わりには、五島市飲食店組合組合長より「『うちに来たらコレを食べてくれ!』という一品をそれぞれのお店で作ってほしい。」と激励の言葉が送られ、五島市のさらなる活況に向けた士気が高まり交流会は幕を閉じました。 今回の五島市訪問を終えて、小川氏は「五島市には上質な食材はもちろん、ほかにも観光客を惹きつけるコンテンツがあることをあらためて実感しました」と、観光地としてのポテンシャルの高さが印象に残ったようです。新たな生活様式が着々と整備され、社会全体で観光需要が高まる今こそ、CLUB REDのシェフとの交流で得たヒントをもとに、地元の飲食店が五島市の「食」の魅力を積極的に発信し、観光地・五島市としてのさらなる活気が生まれることを期待しています。
写真提供:(一社)長崎県観光連盟