近年、外食産業にとって厳しい状況が続く中、持続可能な外食産業の実現に向けた各種の取り組みが実施されています。一方で、消費者の外食におけるニーズは「味」や「価格」だけではなく「家庭で体験できない食事」を求める傾向にあります。
また、SDGsやエシカル消費への関心が高まる状況もみられます。こうした社会環境の変化に直面している外食・中食業界にとって、ジビエのもつさまざまな価値が活性化の一助になると考えられます。本プロジェクトは、CLUB REDのシェフたちと加工処理施設(生産地)が協働し、今の社会に相応しいジビエの「ブランド価値」を共に創り出すためにスタートしました。創造力・発信力のあるシェフと加工処理施設が協力しあうことで、今の時代に適合したジビエの価値を創出し、未来の外食・中食産業の活性化を目指します。
※CLUB REDは、歴代のRED U-35コンペティションにおいて優秀な成績をおさめた若手料理人と、歴代の審査員が集うコミュニティであり、食のクリエイティブ・ラボ。
髙橋 雄一(フランス料理 イタリア料理/Orpo/滋賀県)鹿児県出身
清水和博(スペイン バスク料理/エチョラ/大阪府)兵庫県出身
2022年10月4日、CLUB REDの料理人2名が、京都府船井郡の京丹波町にある「京丹波自然工房」を訪れました。
四方を山に囲まれた丹波高原ののどかな田園風景の中に、代表の垣内規誠氏のこだわりが詰まった加工処理施設が佇んでいます。
京丹波自然工房は、2018年に農林水産省が制定した国産ジビエ認証の第1号を取得している食肉加工施設です。
自らを「ジビエハンター」と名乗り、狩猟から食肉加工までを手掛ける垣内氏に、捕獲の手順から説明していただきました。
垣内氏が使用する罠は「くくり罠」。ワイヤーの先が輪になっており、獣の足を括(くく)って捕獲するものです。
施設前の落ち葉が積もる木の下で、罠を設置する方法を見せていただきました。
「罠は自分で作ったオリジナルです。これを獣道に仕掛けます。以前は猟師が工夫してそれぞれ独自の罠を作っていましたが、今はインターネットで手に入るようになりました」
スプリング付きの踏み板を落ち葉の中に隠し、周囲の状況をできるだけ変えないようにカモフラージュします。
「この踏み板を獲物が踏み抜くと、ワイヤーの輪が締まり、足を取られる」と、罠の仕組みを説明する垣内氏。仕掛けた踏み板を棒で突くと、一瞬でワイヤーが棒に巻きつき、その威力を発揮します。とはいえ、シカもイノシシも年々賢くなり、全国で獲れにくくなっているそうです。
「罠にかかってからは、電気で失神させて、確実に心臓の上の動脈を切って現場で血を抜く。これがジビエハンターのやり方です。車まで運搬するんですが、そのときも、ソリなどを使って傷めないように気をつけます。獲れた瞬間から『食材』ですからね。誰だって畑で獲った野菜を引きずらないでしょう。それと同じことです。軽トラックに乗せたら、処理場へ運びます」と話しながら案内されて、処理施設へ。獲物はまず、道路に面した洗浄場に持ち込まれます。
「高速洗浄機で個体の外側を綺麗に洗って、次に受け入れ場へ移動します」受け入れ場では屠体を吊り下げ、直腸の洗浄を行います。
さらに獲物は皮をむく剥離場から、内臓を摘出する一次調理室へ進みます。部屋ごとに違う作業着や道具が用意され、交差汚染を防いでいるとのこと。作業は徹底的にマニュアル化されているため、作業者が変わってもクオリティーを一定に保つことができるとのこと。また、床を極力濡らさないドライフロア方式をとっているそうです。
熟成・冷蔵のための冷蔵庫には、朝捕獲した内臓摘出済みのシカが保管されていました。庫内の温度は約1.8℃、1週間懸吊して死後硬直を取ります。
「死後硬直を取らずに冷凍した場合、調理すると余計に固くなってしまう。また、死後硬直前に冷凍したものは、解凍した瞬間から死後硬直が始まります」
その後、2人がかりで解体。衛生と効率を考慮して、シカは吊ったまま、イノシシは解体台の上で解体するそうです。
保管されている個体はすべて個体記録表に記載・管理され、トレーサビリティーを確保しています。
「個体記録表はクオリティを一定にするために始めました。シェフに『この間の肉おいしかったよ』と言われたら、個体記録表で確認し、次回も同じ条件の肉を納めることができるように」と垣内氏。
脱骨し、解体した肉は真空パックしてマイナス31℃で急速冷凍。京丹波自然工房ではスライス肉、ミンチ肉やスモークなど加工肉も提供しています。
さて、冷凍処理などを行う三次処理室では、日本ジビエ振興協会代表でオーベルジュ・エスポワール(長野県)のオーナーシェフでもある藤木徳彦氏が、シェフたちのために試食の準備をしていました。
試食はまず、圧力鍋で骨を30分煮込んだスープから。
「処理施設では、処理後に当然骨が残るので、これをスープにしました。うちの店ではジビエのコンソメスープを出しています」
「出汁が十分にでていますね」と清水氏。「骨は焼いていますか?」という高橋氏の質問に「焼いてない、さばいたままの骨です。野菜を入れると骨の味がストレートにでてこないから」と藤木氏が答えます。「野菜なしでこの味わい。すごいですね」と髙橋氏が確かめるように味わっています。
「鹿肉のローストは鹿肉の中心温度65℃で15分。フライパンで火を入れました」と藤木氏。
試食した髙橋氏は「これまで使ってきた鹿肉は持ち味を打ち消すように甘いソースなどを合わせていたけれど、これは違う。もっといろいろな調理ができる可能性を感じました」
猪肉のローストは、夏場に獲れたもので脂身は少なめ。スライス面の美しさに一同から声が上がり、口に入れた瞬間、シェフたちの顔に思わず笑みがこぼれました。清水氏は「本当においしかった。たぶん、苦手な方にも受け入れられる、食べやすくて味わいがある。鮮度や処理の方法が顕著に出ていて、ジビエを広めるならこういう誰にでも食べやすい肉がふさわしいと思う」
次は、しゃぶしゃぶです。猪肉のしゃぶしゃぶを食べて「茹でる方が、肉の香りがわかりますね」「これだけ味付けがなくても嫌味がない味わいがある」の声に、垣内氏が「猪肉は煮込めば煮込むだけ柔らかくなります。気になるクセがないのは、昔と違って肉の処理のレベルが本当に上がってきている証拠です」と応じます。
鹿肉のしゃぶしゃぶを食べた髙橋氏「さっきのローストより、肉の味を感じます。鉄分は感じますが、嫌な感じはしません」熱を入れた鹿肉はサクサクした食感があり、それは血抜きが良くできている証拠だそうです。
「こういう肉を食べると畜肉の味とジビエの違いがわかるようになり、無農薬野菜のように素材本来の味がわかるようになり、やがて自然の味わいのファンになる。ファンを増やせばリピーターが増えるでしょう」と垣内氏。
「そろそろ焼き肉に行きます」という藤木氏の声とともに、脂を熱したフライパンが用意されました。
鹿肉と猪肉のスライスが並べられていき、肉を焼く香りが室内に広がります。
フライパンの肉の焼き加減を見ながら「それ、食べ頃です」と藤木氏から声が掛かります。
ひと通り試食を終えた清水氏の「産地の違いも知ってみたい。最初にいただいたスープが印象に残りました」という言葉に藤木氏が「あのスープでにゅうめんを作るとおいしいですよ。骨はアバラが一番いいですね」と応じます。
髙橋氏は「これまでのジビエと今日食べたジビエとはまるで違う。血抜きによってここまで変わるということを知りました」。
シェフたちがジビエに感じたストーリーとは
試食を終えて席を移し、シェフたちと生産者の意見交換会が始まります。処理施設の見学と試食を終えて、CLUB REDのシェフたちはどのように感じたのでしょうか。髙橋氏「屠体の処理方法を見て『ここまで手をかけるから、この肉質になる』ということを実感。本当に素材のおいしさが伝わり、いい勉強になりました」清水氏「実際にはすごく手がかかっていること、それが味にどう影響するかを理解できた。これまでイメージしにくかった、ジビエの味わいの理由が見えて、すごくいい体験でした」
今までのジビエに対するイメージが覆されたというシェフたち。それでは、生産者である垣内さんは、ジビエの普及にあたってどのような点にこだわっているのでしょうか。
垣内氏「ジビエを普及させるために、どうしたらシェフが使いやすい肉を出せるかということをつねに追求してきました。そこで、私たち処理施設側は、できるだけ一定のものを提供することが使命ではないか、と考えたのです。シェフが手をかけなくても済む、牛や豚のようにいつも同じ質の肉を出荷できれば、ジビエをもっと普及できるだろうと。まず、同じ条件の肉を出荷できるようにするため、個体記録をつけて発注に応えられるようにした。そして、作業者によって手順が変わると、それも味に影響すると考えて作業をマニュアル化し、徹底しました」
それでは、生産者の個性や産地によって、ジビエの味わいにどのような違いが現れるのでしょうか。藤木氏に実情を伺いました。
藤木「2014年に厚生労働省のガイドラインができるまで、ジビエに処理の仕組みはありませんでした。この10年で処理の方法も、食べ方も変えてきましたが、まだまだ進化の途中です。私たち日本ジビエ振興協会は認証機関ですが、これは衛生面を保証するものでおいしさを担保するものではない。では、おいしさの理由は何なのか。それは、獲り方、殺し方から気を使い、さらに餌場がよければおいしくなるのではないか。また、鹿肉には地域差はあまりなく、猪肉は餌によって脂の味わいが変わるので地域性が出ると考えています」
垣内「以前は、害獣の屍体の山から、どうやったら食べられるかを模索していた。しかしもう、利活用の時代じゃないんです。これだけジビエが普及してきた今、おいしく、安全に食べるために何をすべきかを考える時期にきています」
藤木「おいしければ自然と広がる。おいしければまた食べたいと思う。ただ、消費者の方は食べたことがない人が多いから、いろんなジャンルで食べられるお店を増やすことですね」
清水氏、髙橋氏には事前アンケートを行っていますが、その中で「他のシェフに一番伝えたい価値」として、「味」「鮮度」とともに「消費者に伝えられるジビエのストーリー」を上げていた二人。京丹波自然工房の見学による収穫はあったのでしょうか。
髙橋「ジビエのストーリーについて、これまでは獣害対策や農業被害だけが課題だと思っていたのですが、おいしいものを提供する処理場があるということを学びました。獲った段階から食材としてしっかり扱われている、という価値の差がわかったので、今後は食材自体の魅力と、それに合わせた調理方法で、おいしさのストーリーをお客様に伝えられると思います」 清水「駆除した害獣が『食』とは違うルートで処分場に持ち込まれるわけですが、そもそも害獣対策としてすべきことは、そこじゃない。僕ら料理人がおいしいジビエを買って、お客様に提供することが害獣被害をなくすことにつながるのではないか。遠大な話かもしれませんが、そう感じました」
CLUB REDの料理人たちが加工処理施設で学び、生産者と共に「ジビエの未来」について語り尽くした一日。
自分たちの目で見て、現地で味わうことで、今後の課題が見えてきたようです。ジビエの「ブランド価値」の創出に向けて、【CLUB RED】の産地懇談会は続きます。