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「女性」という観点から、RED U-35を見てみると・・・

君島佐和子(フードジャーナリスト)

COLUMN 2024.06.07

RED U-35 2023では10回目にして初めて、女性の応募者が10%に達し、初の女性グランプリも誕生するなど、女性をめぐるトピックが重なった。女性の挑戦者が増えることは、RED U-35関係者のみならず料理界の願いだ。総合プロデューサーの小山薫堂さんは「男女半々の参加が理想」と語る。

女性の才能発掘の意義

「女性の才能を発掘しなければ、日本の料理界にイノベーションはない」

国内外のガストロノミーの最前線との関わりが深く、RED U-35の審査に何度も立ち会ってきた辻󠄀調グルーブ代表の辻󠄀芳樹さんは言う。

日本の料理界が提供する味のクオリティは、海外から食を目的として訪れる旅行者たちの姿が物語る。日本の料理人のおいしさの追求度はたぶん世界的にも突出している。しかし、働き方、ジェンダー、環境負荷、資源循環といった社会課題に対する意識の持ち方は海外に後塵を拝している、と辻芳樹さんは見る。

「意識の立ち遅れはひいては表現や技術の停滞をもたらすでしょう。男女問わず母数を大きくして、才能発掘の可能性を高めると同時に、マジョリティではない視点や資質を取り入れることで、固定化しがちな思考や発想にくさびを打ち込み、革新を図る必要があります」

伝統的に男性主導で営まれてきた調理場にもっと女性の視点や感性が持ち込まれたなら、暗黙の了解になってしまった常識や慣習の問い直しを図り、新陳代謝を促すに違いない。もっと女性が料理界にコミットすることが料理そのものの展望を開く一因となるわけだ。


RED U-35 2023最終審査で。辻芳樹さんにとって、辻調出身の山本さんは卒業生。温かくも厳しい眼で審査にあたった。

山本さんはアシスタントへの配慮も行き届いていた。

「大海原に出ていく」女性たち

ここで、「女性」という観点からRED U-35を振り返ってみよう。

2013年、RED U-35はスタートした。以来、2022年まで、女性の応募者の割合は5~9%の間を行き来してきた。2014年6%、2015年5%と特に初期は苦戦。RED U-35公式サイトの歴代受賞者のページを見ると、2015年まではファイナリストに女性が入っていない。ブロンズエッグ、シルバーエッグ、ゴールドエッグのいずれかを受賞した女性は、2018年と2023年が最も多く7人、2014年2人、2016年3人という年もあり、平均して約5人。タイトル獲得者のほぼ1割である。そんな中で2015年から最上位の女性料理人に贈られる岸朝子賞が創設され、女性の顔が見えてくるようになった。

2016年のファイナリストで岸朝子賞を受賞した桂有紀乃さんの話は、男女比の背景を映し出して興味深い。当時、桂さんは「ザ・プリンス パークタワー東京」の「レストラン ブリーズヴェール」に勤務していたが、2007年に配属された時、正社員の女性料理人は彼女が初めてだったそうだ。RED U-35の男女比は、料理界の男女比の反映と言えるのだろう。

辻芳樹さんによれば、辻調グループで学ぶ学生の男女比は「この10年、調理で8:2~7:3、製菓は逆転して3:7を推移している」という。就職先としては「女性の場合、勤務体系が確立しているホテルやブライダル施設を選ぶケースが多い」と聞くと、数の増加はまだまだながら、ホテルなどでは女性の活躍の場が広がっている様子が窺える。

小山薫堂さんは推移を見てきて、「次第に大海原に出ていこうとする意志を女性の応募者に感じるようになった」と言う。

2019年の岸朝子賞の小川苗さんなどはまさにその表現がふさわしい。RED U-35挑戦時は海外でのキャリア7年目で、パリのレストラン「PARIS HAWAII」のスーシェフを務めていた。その2年後、ハワイでオープンする「natuRe waikiki」のエグゼクティブシェフに就任。今春には、系列店「natuRe tokyo」が東京に出店するにあたりエグゼクティブ・ディレクターを務めている。前述の桂さんも、2018年にホテルを離れた後、在エディンバラ日本国総領事館公邸料理人を経て、2019年に渡米。NYの「Bouley at Home」「Bouley Test Kitchen」のR&D(Research and Development)シェフに就任した。 2022年の帰国後は、Bouleyの仕事をリモートで継続しながら、フードデザイン事務所「Forkreator」を立ち上げ、レシピ開発や人材育成など多岐に渡って活躍中だ。

女性が料理人であり続けるためには?

「調理場の男女の数が同じではないから、数が多いほうのカルチャーが支配的になってしまうという側面はあるでしょうね」と語るのは、2022年から審査員長を務める狐野扶実子さん。「男女比に開きがないほうが、バランスのとれたカルチャーが醸成されていくと思います」。


狐野さんはすべての挑戦者に対して、先入観なく、幅広い視野で、公平に見る。

たとえば、女性のライフイベントへの配慮。女性の場合、出産や子育てが仕事の継続に影響を及ぼしがちだ。雇用される立場であればなおのこと。女性料理人の離職率の高さがよく指摘されるが、その要因のひとつと言われる。「産休や育休からスムーズに復帰できる環境をつくっておく必要がある」と辻芳樹さん。本人に復帰の意志があっても勤務時間的に託児がむずかしいといった課題に対して、解決法を業界全体で考えたいところだ。女性のライフステージを考慮した働き方の実現を目指すのは、料理界に限った話ではない。そもそも出産も子育ても“女性の役割”なのではなく“男女の役割”であると捉えたなら、職場環境や勤務体系の考え方も変わるのではないだろうか。

2021の岸朝子賞受賞者のドグエン・チランさんの事例は、料理人の生き方の選択として注目に値する。子育てをしながら料理人を続けるために、待機児童のいない地方へ移住して、「CHILAN」を開業。週3日ランチメインという営業スタイルで営む。夫でソムリエの藤井千秋さんが、チランさん同様に、育児と仕事の両立を我が事と捉えればこそだろう。

バランスのとれた、偏りのないカルチャーを醸成しようと思うなら、男性中心に形作られてきたレストランの枠組みに女性を組み込むのでは、目的は達せられない。既存の方法論に縛られない営業スタイルを見出していく必要もあることを、チランさんの事例は示唆する。

フリーランスの料理家・料理研究家に女性が多いのは、家庭料理を専門とするから、事業化を目指さないから、といった理由ばかりでないだろう。女性が息長く料理を生業にしていこうと思った時の選択肢であるという側面も大きいはずだ。コロナ禍以降、店を持たずに活動する料理人や、不定期営業、間借り営業、移動販売など料理人の活動スタイルが多様化したが、考えてみれば、ケータリング、料理指導、レシピ開発、料理撮影といった様々なニーズを率先して切り拓いてきたのは女性のほうではないか。

価値観の広がり。そして、競争と共創

狐野さんは、パリの三ツ星「アルページュ」でスーシェフを務めた後、出張料理人として活躍、「フォション」のエグゼクティブシェフやアラン・デュカス主宰の料理学校で非常勤講師を務めるなど、キャリアも活動のスタイルも幅広い。

「私の場合、理由が少し独特かもしれません。パリに住み始めた時、空き巣に入られたり、引っ越し荷物が大量に紛失したり、物を失う経験が続いたんですね。大切な家族の写真までなくして、形ある物はいつか失われると悟った。物へのこだわりがなくなり、形ないものの価値を大切にしようと思うようになった。独立にあたっても、食べ手の方が喜んでくださるのであれば、店を持たなくいい。そう思ったのが出張料理人になった理由です」

その自由な価値観は、実はRED U-35のテーマにも表れている。2022年「旅」、2023年「2030年のお子様ランチ」、そして今年は「自分らしさ」。「一人一人、道はそれぞれ。お互いのオリジナリティを尊重することで、社会は豊かになることを伝えたい」。2013年「卵」、2014年「豆」、2015年「日本米のイノベーション」、2016年「発酵」、2017年「糖」、2018年「あぶら」と食材や技術といったテクニカルなテーマと比べると、狐野さんが審査員長として目指すところが見えてくる気がする。

狐野さんが審査員長に就いたことによって、RED U-35のイメージにも変化が表れているのだろう。審査員の野村友里さんは、「2022年と2023年、たった一年の間にも応募者の傾向に変化を感じた」と語る。野村さんは、アリス・ウォータース率いる「シェ・パニース」で働いた経験を持ち、レストランやショップ、イベント、メディア連載などを通して、人間の食と暮らしがいかに自然の恩恵を受けているかを伝えてきた。調理の拠り所を素材や生産者に置く誠実さがあり、ゆえに飾り気はなく、何料理とカテゴライズできない自由さと独自性がある。そんな料理人だ。

「2023年は、視点を“前”だけじゃなくて“横”にも持っている人が多かった」とユニークな指摘をする。「特に20代が面白くて、共有感がありました」。

SDGsが提唱されるようになって、自然との共生や資源の循環、環境負荷軽減を語る料理人が増えた。RED U-35の応募作文にもよく登場する文言だ。「2023年の審査では、環境とか地球といった事柄を取り入れた方がいいなといった感じではなくて、自分と関わりのある当たり前のこととして捉えている、そんな感覚の広がりを感じた。また、自分が大事したいことや興味のあることと社会的なことをリンクさせて、迷いながらも楽しんでいる空気がある。応援したくなったし、一緒に働きたい気持ちにもなった」。

野村さんは、準グランプリ西山優介さんの料理への姿勢を高く評価。

野村さんの言葉が指し示すのは、星の数やランキングの順位といった競争原理が働く世界観ではない。ヒエラルキーのない、誰もが横並びで立つ平らな地平だ。RED U-35はコンペティションではあるけれど、競争と同時に共創の場としての性格が強くなりつつあるのかもしれない。それは女性の生き方と親和性の高いカルチャーであると思う。

女性の料理人が増えると、社会は幸せになる

「女性の料理人が増えたなら、今よりも良くなることがたくさんある、という考え方をするとよいですね」と小山薫堂さんは言う。確かに、女性の料理人が活躍することで人々が幸せになる、という部分に光が当たって、可視化されていくと、料理界の女性の存在感が際立ってくるだろう。

桂有紀乃さんはアメリカから帰国後、フリーランスで働き始めて、「料理人がこんなにも必要とされている」と驚いた。「全国各地の企業や自治体から、メニュー開発や人材育成の依頼が引きも切らない。都市部に店を構えてお客さんを待つのではなく、身ひとつで必要とされる所へ出向いて行くスタイルの可能性を感じた。店を持ってしまうと、そこしか守れないけれど、自分が出向けば、いろんな土地のいろんな人々のニーズに応えられる」。

レストランのシェフになることや組織のトップになることばかりが料理人の到達点ではない。料理のスキルの活かし方はいろいろあって、求める人もたくさんいる。そのことがもっと伝われば、女性の料理人たちがたとえレストランの現場から離れても、料理からは離れないで済むのに・・・。桂さんはそう思う。

RED U-35史上初の女性グランプリに輝いた東京・銀座「エスキス」の山本結以さんは、岸朝子賞を併せて受賞したが、その受賞インタビューで「うれしいけれど、女性を対象とした賞があることに複雑な気持ち」とコメントした。女性のための賞がわざわざ設定されていることは、レストラン界で女性は特別枠と見なされているに等しいからだ。つまりジェンダー平等ではない。山本さんのコメントは図らずも現料理界への疑問を投げ掛ける形になった。

後日、審査員ミーティングで、岸朝子賞の存続に関して議論沸騰。ジェンダー平等がスタンダードの時代に女性のための賞は必要か? 応募者が1割という現状である以上、RED U-35は女性にも開かれていることを示すシンボルとして継続すべき、等々。結論はまだ出ていない。

「祇園さゝ木」主人・佐々木浩さんは「調理時の指示の出し方など学ばせてもらった」と語った。

スタイルの多様化や価値観の広がりは、女性に対する間口をより開いていくだろう。その上で、「料理界でポジションを確立する決め手は、男女関係なく“技術”です」とは辻芳樹さん。山本結以さんのグランプリは、料理人として求められる総合的なスキルの高さによるものであることは確かな事実である。

text by Sawako Kimijima

プロフィール

君島 佐和子

フードジャーナリスト
「料理王国」編集長を務めた後、2005年に料理通信社を立ち上げ、2006年「料理通信」を創刊。編集長を経て編集主幹を務めた(2020年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。

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