近年、外食産業にとって厳しい状況が続く中、持続可能な外食産業の実現に向けた各種の取り組みが実施されています。一方で、消費者の外食におけるニーズは「味」や「価格」だけではなく「家庭で体験できない食事」を求める傾向にあります。また、SDGsやエシカル消費への関心が高まる状況もみられます。こうした社会環境の変化に直面している外食・中食業界にとって、ジビエのもつさまざまな価値が活性化の一助になると考えられます。
本プロジェクトは、CLUB REDのシェフたちと加工処理施設(生産地)が協働し、今の社会に相応しいジビエの「ブランド価値」を共に創り出すためにスタートしました。創造力・発信力のあるシェフと加工処理施設が協力しあうことで、今の時代に適合したジビエの価値を創出し、未来の外食・中食産業の活性化を目指します。
※CLUB REDは、歴代のRED U-35コンペティションにおいて優秀な成績をおさめた若手料理人と、歴代の審査員が集うコミュニティであり、食のクリエイティブ・ラボ。
髙木和也(フランス料理/ars/東京都)千葉県出身
廣川拓渡(フランス料理/イーストギャラリー/東京都)新潟県出身
立岩幸四郎(中国料理/Wakiya一笑美茶楼/東京都)兵庫県出身
ジビエの捕獲から加工・調理・提供まで。サステナブルファーム&パーク「KURKKU FIELDS」を見学
2022年8月30日、CLUB REDの料理人3名が集合したのは、千葉県木更津市にあるKURKKU FIELDS(クルックフィールズ)。約9万坪(30ha)の広大な敷地に、「農業」「食」「アート」3つのコンテンツを軸に、さまざまな施設が点在する複合施設です。
KURKKU FIELDSでは、敷地内でイノシシなどの野生動物の捕獲から食肉加工、シャルキュトリーの調理・提供まで行っています。
木更津市と共同運営の食肉処理施設「オーガニックブリッジ」は、千葉県で初めて国産ジビエ認証制度により認定された施設。
同施設には木更津市農林課の職員が常駐し、搬入に立ち会い、放射性物質検査を行うなど、安全性を遵守しています。
この日は、シェフでありながら狩猟、解体、食肉加工まで全てを手がける岡田修氏に現地を案内していただきました。
最初に案内されたのは、道路脇にあるイノシシの捕獲現場です。箱罠の中に盛られた餌(糠)の中にはワイヤーが埋まっており、イノシシが鼻で引っ掛けると扉が閉まる、という仕掛け。箱罠が道路のすぐ脇に設置してあるのは、獲物を軽トラックで素早く処理施設に持ち込むためで、「捕獲して止め刺し後、30分以内に施設に搬入します」と岡田氏。
次に案内されたのは、岡田氏が施設長を務めるオーガニックブリッジ。ここは岡田氏曰く「こだわりが詰まった」施設です。
広々とした解体室は室温10℃になる冷蔵室であり、温度管理を徹底。獲れたばかりの獲物を持ち込んでも庫内の温度が上がりにくく、また、体温を下げることで肉質を保つことができます。
解体後の枝肉は、熟成室へ。「熟成庫の広さが稼働率を決めます」という言葉通り、熟成中に新しい肉が追加されても取り出す必要がない、十分な広さとゆとりがあります。肉は熟成することでたんぱく質が分解され、旨み成分であるアミノ酸に変化します。オーガニックブリッジでは、最低でも3〜5日かけて熟成させるそうです。
加工室では、枝肉を脱骨→真空パック→金属検査の工程が行われ、捕獲された時期や部位ごとに在庫としてコンテナで保管します。
全ての個体には管理番号が付されており、納品時にはQRコードによるトレーサビリティを確保しています。
オーガニックブリッジで食肉処理を行なっているのは、主に害獣とされるイノシシやシカ。同施設では持ち込まれた全頭を受け入れ、年間500頭以上を扱っています。秋の繁忙期には月間約200頭が持ち込まれるそうです。
見学を終えて、一行はキッチンが完備された多目的スペース「フラック棟」へ。ここで岡田氏より千葉県における獣害とジビエについてお話しいただきました。「もともと千葉県にはイノシシはいなかった。しかし、わざわざ群馬県までイノシシを狩りに行くのは面倒だということで、千葉県にイノシシを連れてきて山に放った。それが数年かけてここまで増えてしまいました。人間が勝手に『害獣』と呼んでいるけれど彼らは決して害獣として生まれたわけじゃない。千葉県の育ちやすい環境でイノシシが増えて行く一方で、山を切り崩して東京湾を埋め立て、頭数が増えているのに住む場所が減って行く。そして環境が密になると、彼らは里に出てくる。それをヒトは害獣と呼ぶ。
以前は捕獲したイノシシは捨てていました。しかし、奪った命を『おいしい』と食べて向き合うことが大事だと考えました。
例えばソーセージはワンコインジビエとして販売、ジビエ消費の裾野を広げて獣害のことを知ってもらい、理解を深めて欲しい。
害獣を減らすことで無駄に捨てられる命がない方がいい。生態系を維持しながら、全てが無駄にならずに循環して行くことが望ましいですね」
ここで解体の工程をシェフたちが映像で学び、岡田氏は解説をしつつキッチンでジビエの調理。岡田氏は、もともとフレンチシェフであり、ここでは料理人として腕をふるってくださいました。肉を焼き、肉を煮込むおいしそうな匂いがフラック棟の空間に漂います。映像が終わる頃には、料理が次々と仕上がり、テーブルにサーブされました。
グリルしたソーセージは、イノシシと新生姜、イノシシとルッコラ、シカとごぼうの三種。
「ソーセージに季節性をプラスすることで、次に訪れたときに違う味を楽しんでいただける」と岡田氏。
鹿肉のポトフは、スネ肉1kgに塩23gと水1ℓでシンプルに煮込んだ料理。鹿のスネ肉から出た出汁で、野菜や器に散らした自家製のデュカと共にいただく。
鹿肉のゼリー寄せは、ポトフの応用料理。「塩の分量次第で、シャルキュトリーにもなります」自家製マスタードを添えて。
夏イノシシに夏野菜のソースを添えた、季節の一皿。「ジビエは冬だけのものではないことを伝えたいと考えて用意しました」
4皿の料理を食べ終わって、シェフたちがそれぞれ感想を述べます。
髙木氏「岡田さんが料理人ということもあって、すべてがおいしかった。ソーセージがジビエの入り口というのはすごく良いと思う」
立岩氏「肉自体にクセがなく、思っていたより淡白な感じでした」
岡田氏「千葉県は標高差がないので、ジビエとしてはクセがない。地域性もありますね。また、処理が早いことも味が淡白になる理由のひとつ」
廣川氏「ここで獲れて、ここで作った食材を使っていることでストーリーが完成している。地域の料理というあり方が感じられた」
それぞれが味わいを思い返しながら、今後のメニュー開発に向けて思考を進めた様子でした。
今回の今回参加のシェフたちにはジビエについて事前アンケートを行っており、そのなかで「重視したいポイント」について尋ねています。21の選択肢から3人とも選んだ共通項目は「味」「香り、風味」「生産者のこだわり」「消費者に伝えられるジビエのストーリー」。その他、「安全性」「安定供給」という項目を選んだ人も。それらの回答をもとに、それぞれが意見を述べ合いました。
髙木氏「千葉県出身ということもあり、店でジビエを扱っていますが、害獣駆除の現状などをお客様に話しても自分自身ピンとこない。ジビエのストーリーをどのように伝えたら良いのか、今日はご教示いただきたいと思って来ました」
岡田氏「例えばブタとイノシシを比べた場合、養豚場で育てられたブタと、野山を自由に駆け回っているアスリートのようなイノシシでは、食材が持つエネルギーが違う。僕はジビエを日常的に食べているから健康なのでは?とよく言われます。さらにジビエと季節の野菜を組み合わせることで、パワーをいただいていると感じます」
猪肉は、豚肉と比べてカロリーや脂質はさほど変わりがありませんが、鉄分は4倍、ビタミン12は3倍。
また、鹿肉は低カロリーでしかもヘム鉄という身体に吸収されやすい鉄分が豊富。ジビエは栄養価に優れているといえます。
髙木氏「お客様には、害獣駆除やSDGsよりも‘健康’の方が伝わりやすいですね」
立岩氏「大型店で出す料理の場合、どうしてもジビエを敬遠するお客様が出てしまう。中国料理でイノシシを使う必然性のある料理を考えてみたい」
廣川氏「レストラン料理は固有のターゲットがあるので難しい。‘健康’訴求はわかりやすく、地元の人には伝わると思うが、単発の場合どうだろう」
髙木氏「そこは、『どうして使うのか』『おいしいから』しかないのでは」
廣川氏「オーガニックマーケットのように、新鮮で、安全で、信じられる環境で育ったものを衛生面でも完璧にやっているから、食べて健康になる。力が出るっていうエンドユーザーを作った方がいいと思います」
髙木「安全性については、自分の目で実際に見たので、自信を持って説明できますね」
立岩「安定供給についても、岡田さんに話を伺って問題ないと感じました」
髙木「ジビエの価格は、とても高価な産地もありますが、こちらの価格設定は?」
岡田氏「うちの場合は設備投資があり、4人の解体作業員を抱えている。しかし繁忙期と閑散期があるため、年間で慣らすと現状の価格になります。処理頭数が多ければ価格が下がるという側面はあります」
廣川氏「あとは、これから送っていただくサンプル(肉)で試行錯誤です。ここの肉を使って、おいしい料理を作りたいですね!」
CLUB REDの料理人たちが加工処理施設で学び、生産者と共に「ジビエの未来」について語り尽くした一日。
自分たちの目で見て、現地で味わうことで、今後の課題が見えてきたようです。
ジビエの「ブランド価値」の創出に向けて、【ジビエ×CLUB RED】の産地懇談会は続きます。