
「RED U-35」は、その名の通り、35歳以下の料理人のコンペティションだ。
今年の応募は18~35歳の511人、1990~2007年に生を受けた若者たちである。彼らが生まれ育ち、経験を積み重ねてきた現在までを振り返ると、デジタル化とグローバル化、そして地球環境危機が急速に進行した時代と言っていいだろう。Facebookのスタートが2004年(日本版は2008年)、Instagramが2010年。SNSの浸透によって世界中の情報が地続きになった。2008年、リーマンショックによるバブル崩壊、2011年には東日本大震災に見舞われた。2030年までの国際目標SDGsが2015年に国連で採択され、政治・経済・教育、あらゆる領域で社会課題の解決が命題化していく。そして、2020年代に入るやいなやコロナ禍に。間違いなく彼らは厳しい時代を生きている。
次代を担うことになる彼らは何を考え、未来に何を見ているのだろう? 私が審査に携わった2022~2025年の応募書類を手掛かりとして、チャレンジャーたちの世代像を描き出してみたいと思う。

食材の向こうに地球を見ている
食材との向き合いは、地球との向き合いでもある。今が盛りの魚が届かない。届いたと思ったら産地が違う。海水温の上昇で魚の生息域分布が変化したり、藻場が減少するなど、温暖化の影響を、彼らはいやというほど日々の厨房で突き付けられている。
「毎年のように変わりゆく現在の環境の中では、今の当たり前が2030年の当たり前であるとは限りません。2030年にはさらに悪化していることは想像に易いです」と応募の作文で未来の不確実性を指摘したのは西連地元気さん。「今あなたが料理人として関心があること、学びたいこと」という設問に「地球の寿命をのばす方法」と答えたのは澤井克征さんだ。「回復させる、再生可能な」を意味する「リジェネラティブ」というワードが最近多用されるが、現状をプラスに転じる闘いが彼らの前には横たわっている。
「ロスを出さない」「余すところなくすべてを使い切る」は、もはや特別なことではなくなった。応募作のレシピの多くがそうなっている。この世代がより意識するのは、循環だろう。たとえば、コンポスト。その活用法を模索する料理人は多い。生産者に託すケース、自分の畑で堆肥として使うケース、塩釜のようにコンポストで食材をくるんで火入れする調理法を提案した応募作もあった。
発酵を調理法としてレシピに組み込む――フレンチ、イタリアン、日本料理、ジャンル問わずだ――のも無関係ではない。発酵は、味わいに深みや奥行きをもたらすのみならず、不揃い品や訳あり品の活用に適し、食材の廃棄を減らし、寿命を延ばす手段でもあるからだ。薪火などあえてプリミティブな加熱法への志向を持つのもこの世代の特徴と言える。
市場、業者、生産者から仕入れるのではなく、野山へ足を踏み入れ、採集や狩猟によって得る方法を選択する者も増えた。彼らにとっては、食材である前に植物であり動物。生き物として捉える感覚が強い。「土地に自生している植物や猟の知識も身に付けたい」と書くのは坂口功さん。自分で獲らずとも狩猟肉の使用は確実に浸透している。身近なところではカキドオシやスベリヒユなど道端の野草を使った応募作もある。食材のフィールドは広がりを見せている。

食事の場以上の役割を担う意志
食材の捉え方の広がりは、レストランの枠組みをも広げる。
「食べて終わりではないレストランの在り方を模索しています」とは中村有作さん。京都の人気レストラン「KOKE」のシェフである。摘果や台風被害で行き場を失った果物の加工品を地下貯蔵庫で熟成させて使ったり、間伐材の薪で調理するなど、店の厨房のサーキュラーキッチン化を進める。キッズイベントを開催して食育に努め、「食べて終わりでない」を当たり前にする思考回路を子らに託す。
料理を超える体験の提供を目指すのは一人や二人ではない。「耕作放棄地を購入して、料理をしながら農業も行なう。体験型農業~店舗での食事までをパッケージとしたい」との夢を語る塚田恭伍さん、2024年のファイナリストの一人、丸山祥広さんは「自分たちの田んぼで苗床から田植え体験、山菜を収穫して皆で調理。自然に囲まれている環境だからこそ、ここでしかできない体験価値を皆さんと共有したい」と書いた。

料理人だからできる地方の価値化を
食材・調理・店との向き合い方がよりサステナビリティを意識するものへと変わっていった時、浮かび上がるのは地方で営む優位性だろう。豊かな自然が、味方となり、武器となる。
地方を価値化する動きは海外が先行しているが、2021年にはジャパン・タイムズが、東京23区と政令指定都市を対象から外したレストラン・セレクション「Destination Restaurants」をスタートさせた。足元の土地の価値化を自らに課す若き料理人はRED応募者にも多い。吉岡翔太さんの「地域を活性化させる料理とは、ただ地方の食材を使っただけの料理ではなく、土地を深く知り、そこに自分らしさを加えた料理だ」との言葉は力強く、「先人が築いてきたものを再表現することで、地方の文化の維持や地方で食事することの価値を高め、過疎化による食料自給率の低下や伝統、文化の衰退に歯止めを掛けたい」と語る金子真太郎さんの視野は心強い。

働き方もジェンダーも自分たちの課題と捉える
海外修業先として北欧が選ばれるようになったのは、「Noma」をはじめとする北欧ガストロノミーが世界的な潮流を巻き起こした2010年代中盤。フランス料理、イタリア料理など伝統的な料理の定型・定石に縛られずに、自身が拠って立つ風土を映し出す料理表現やいわゆるイノベーティブと称されるジャンルが形成されていく過程と時期を同じくする。
最近は「独立の前に北欧を見ておこう」と旅立つケースが多い。理由を尋ねると返ってくるのは、「働き方を学びたい」との答え。ヒエラルキーのないフラットなチーム編成、仕事とプライベートが両立するワークライフバランス、それらを実現するメンタリティはどのように築かれるのか。北欧の先進的な社会のあり方を体験してこようとの意図がある。
ジェンダーへの取り組みにも触れておこう。2023年グランプリの山本結以さんは、賞金500万円の使い道として「日本女性飲食業協会を創設したい」と応募書類に書いた。設立に向けて少しずつ動き出している。必ずや業界を変える原動力となるだろう。
冒頭で「情報が地続き」と書いたが、デジタル世代は情報との付き合い方をちゃんとわきまえている。「SNSなどで情報をたくさん取り入れることができる現代は、問いを見る前に、答えを見て解いている数学のような気がします。答えを知った上で解く問題は何も力にならない」と記すのは麻田将大さん。2022年の準グランプリ、窪田修輔さんは「昨今、スマートフォンやインターネットので普及で情報が簡単に手に入る状況に、その国の事や、人種、文化の情報を得ることなく、なんとなくわかった気になる。海面を見ている状態ということに気づかなかったりする。実際に水中に入り、水に触れ、冷たさ、流れ、広がりや暗さを感じることは、全く、別の経験だということ」と語る。
生身の環境の中でなければ習得できない技術に生きる料理人たちは、体験に価値を置き、表層ではなく本質をつかむことに熱を注ぐ。
君島 佐和子
フードジャーナリスト
「料理王国」編集長を務めた後、2005年に料理通信社を立ち上げ、2006年「料理通信」を創刊。編集長を経て編集主幹を務めた(2020年末で休刊)。辻静雄食文化賞専門技術者賞選考委員。立命館大学食マネジメント学部で「食とジャーナリズム」の講義を担当。